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然し、男は突然驚愕した。何故ならば、烏の番が近くの桜の木から松の木に向かい飛翔し、因っ
て男の目の前を横断したからである。その後、一羽の烏が紛れもなく、飛んだのである。
「夜に烏は存在するのだろうか。」
男は不可思議に思った。不気味な感触を心に抱いたである。烏は、男の頭上の松に掴まった後、更
に小さくく「カーカー」と呟いた。
「全く、何故此の時間に、然も、俺の頭上で鳴くのだ。」
男は、其の場所から退散を決断した。烏とは云え、男は、現在の状況を崩壊させる可能性のある物
体、迷信だと男は確信しているのにも拘わらずだが、其の回避を望んだ。
此の、松の在る、眺望の良い場所から男の集合住宅までは、若干数分である。然し、男は、近く
の店で夕食、及び雑誌数冊を購入し、亦立ち読みをもした。男は一人暮らしの為に食事を作る人は
固より家にいる筈もなく、且つ男は無精である。因って、食事等を此の店で購入するのが、男に摂
り常とするところである。
男が店に居た時間は数十分で在ろうか。男は、食品と本を小脇に抱え、黙って店を退出した。
淡い灰色の雲が空を覆いだした。今まで存在しなかった雲は、瞬く間に、遙か高く天上に在る月
を隠した。然しながら、雲は薄い。悪魔に憑かれた月は、薄いヴェール身につけた。更に、ヴェー
ルは天井の金色した小さな点をも隠そうとしている。尤も、悪魔は空に煌々と赫いていた為に、薄
いヴェールは、月を完全には隠してはいない。将に、透かし彫りの如くである。然し、薄いヴェー
ルは確実に悪魔、空の小さな金色した点を浸食しようと勢力を拡大しつつあった。
男は、其の空には全く注意を払わず、幸福に満たされた心持ちを胸の中に抱えながら、家路を急
いだ。男の心中の空には、啻に幸福の満月がヴェールにより隠されず金色に輝光しているのだろ
う。
漸くして、男の部屋がある集合住宅に着いた。「此処は最早、俺のみの住居で無く、女と共同生
活の為の新居と為る」と、男は勝手に推測をしながら、鉄の灰色した螺旋階段を独り、静かに歩い
ている。長い螺旋階段。其の五階に男の家がある。
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