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セレブレさんへ>
書き込みありがとうございます。
そのうちcelebrenet.comのほうも登録させていただきます。
junさんへ>
共通点が多そうですね。今までどんな鞄を使ってこられましたか?
マンハッタンパッセージは軽いので使いやすいですね。
HPも結構隅っこのほうまで読んでいただいているようで嬉しいやら恥ずかしいやら。
虚数の情緒のほうもどうぞ(^^;
西宮のランドセルについては、今は使いたい人は使ってもいいようですが、私の子供のころは一律禁止でした。
私は当事者の子供だったので、なぜ禁止になったのかはよくわかりませんが、当時は団塊世代が厳しい大学受験戦争を体験していた時代で、受験につながる詰め込み教育とか分厚い教科書や重たい副読本に対する批判が渦巻いていた時代だったように子供ながらに思っていました。
ネットを探していると西宮市役所のHPに平成3年9月定例会の議会議事録として下記のような発言が残っていました。
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昭和40年当時、文教住宅都市を宣言した西宮市が、全国にその名をとどろかせ、注目を浴びた教育正常化運動が展開されたことにつきましては、記憶している人も多いと思います。この運動は、教育委員会が提唱し、学校や父兄が真剣に取り組み、市議会を初め、一般市民も大きくバックアップしてこの運動を支持し、声援を送って、全市的な運動として取り組まれてまいったものであります。教育は学校で、しつけは家庭で、それぞれの役割分担を明確にしながら、学校現場へ雑務を持ち込まない、学校を教育の場として専念させ、より教育効果を上げるために幾多の施策が打ち出されたものであります。当時、全国的にセンセーションを巻き起こしましたランドセル廃止も、その導入テーマとして取り入れられ、学用品の学校常置体制を実行されたわけであります。また、学習器材器具も、多くの予算をつぎ込んで充実され、学校教育への条件整備も図ってこられました。
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なるほどと思い、西宮市の議会議事録をランドセルで検索すると、「教育正常化」というキーワードと共にいろいろ出てきます。昭和42年12月
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その効果として現に天理市が今年からランドセルをすでに廃止いたしました。広島県の府中市は来年度からランドセルをやめようという空気でございます。
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教科書は学校においておき、宿題等で必要なものだけ持ち帰るという考え方で進んでいたようですが、家庭と学校における教育やしつけのありかた、塾通い等の諸問題から、昭和50年代に入ってだんだんとこの問題も熱が冷めていった感じです。
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