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"Walk Out To Winter" chords

 投稿者:津原泰水  投稿日:2017年 1月 9日(月)15時52分32秒
編集済
  Walk Out To Winter by Roddy Frame a.k.a.Aztec Camera

M7=maj7


[Intro]

E            D            C#m7           F#9
F#m7   B9    G#m7  C#m7   C#13  C#7(#9)  B7  B13

[Verse]

EM7          F#m7         B13            E7  Fdim
F#m7   B9    G#m7  C#m7   C#13  C#7(b13) B7  B13
EM7          F#m7         B13            E7  Fdim
F#m7   B9    G#m7  C#m7   C#13  C#7(#9)  B13 B7 B13 B7

[Chorus]

E            D            C#m7           F#9
F#m7   B9    G#m7  C#m7   C#13  C#7(b13) B7  B13
E            D            C#m7           F#9
F#m7   B9    G#m7  C#m7   F#9   F#7      B9  B7

[Solo]

DM7          GM7          A7             DM7  D7
G     C#7    F#m7   B7    Em7    A7      DM7  D7
G     C#7    F#m7   B7    E9     E7      A9   A7     F#9   F7   B9   B7

[Outro]

E            D            C#m7           F#9
E            D            C#m7           F#9  E



Quirky Chords

                E     A     D     G     B     E


F#9 ----------- X     9     8     9     9     9
B9 ------------ 7     9     7     8     7     9
C#13 ---------- 9    11     9    10    11     9
C#7(b13) ------ 9    11     9    10    10     9
B7 ------------ 7     9     7     8    10     7
B13 ----------- 7     9     7     8     9     7
E7 ------------ X     7     9     7     9     7
Fdim ---------- X     8     9     7     9     7

[Solo]

E9 ------------ X     7     9     7     9     9
E7 ------------ X     7     9     7     9     7
A9 ------------ X    12    14    12    14    14
A7 ------------ X    12    14    12    14    12
 
 

情報感謝

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 9月 4日(日)10時05分30秒
  小学生からのファン様;

 エスカルゴで吉祥寺の経済に貢献できて、武蔵野市から表彰されたりして……と一瞬、甘い夢をみました。
「もし大人になっても憶えていてくれたら」と願いながら書いていましたので、そのように自称していただける事に感激を覚えています。
 考え方がいびつになってしまい、ご苦労をおかけしたんじゃないかと心配もしています。
 いま暫くは小説を書き続ける様子につき、願わくば今後とも宜しくお願い致します。
 

(無題)

 投稿者:小学生からのファン  投稿日:2016年 8月25日(木)09時16分1秒
  本日こちらのサイトにてエスカルゴ兄弟が告知されておりました。
http://kichijoji.keizai.biz/headline/2287/
ご存知かもしれないですが
気になりましたためお知らせ致します。
 

日本学生シエン機構3

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月20日(日)14時10分14秒
編集済
   ツイッターのほうに「ここまで怖い借金だったんですね」という受験生からのコメントを賜った。
 うん。子供が若くして亡くなったら、悲しみのどん底にいるご両親に数百万の「返還」請求が来て、このままでは心中しかないという記事を読んだことがある。そういう闇金以下のシステムなんだよ。
 これまで(というか取り敢えず現状でも)事情あっての「返還」猶予期間は、たったの五年だ。就職できない奴にも癌になって闘病している奴にも、そうだ。払えなかったら? 親に請求が行く。親が生活苦を訴えたら? 連帯保証人の伯父さんとかに弁護士からの恫喝書類が届く。

 アコムさんやレイクさんは、たぶん連帯保証人を要求しない。その日のうちにキャッシングできるんだから、きっとそうだろう。
 ところがこいつらは、大学と直結して個人情報を握っている。請求は親戚にまで及び、連帯保証人が死んだらその子供にまで及ぶ。
 たとえ山口組系のヤクザだって、手下が死んだら花輪を贈って、まさか親族に「こんだけ驕ったから」なんて請求書を出しはしないだろう。ところがこいつらはそれをやるんだ。義理も人情もモラルもありゃしない。

 受験生の君に、ちょっとレクチュアするぜ。
 人類に於ける売買システムは、ほぼ世界共通で「等価」を前提にしている。つまり千円の紙幣に対しては、それに見合う商品だ。「千円で買った本が、それに見合う内容ではなかった。買って損した」。君には抗議する権利がある。Amazonに「金返せ」レビューを書ける。心ある出版社だったら「すみません」のコメントを付けてくれるだろう。
 一方、日本学生支援機構のやっている事は? 教育に金を貸し付けるというんだから、いずれ「返せる」状態が訪れるのを前提にしている訳だ。でもその説明会があった大学を真面目に卒業しても、就職を得られなかったら?
「等価交換じゃないのか」という疑問に対して、彼らの態度は急変する。「どうあれ借りたもんは返せ」だ。
 親が突然死した者にも病気を患っている者にも、その「いずれ定収入を得られて着々と返還できる」という善意の夢想がある。
 彼らはそれを踏み潰す。口を開けば「金返せ」だ。「五年は待ってやるが、その間にも利子はつくぜ」なんだよ。「今のところ就職できないんです」「知るか。金返せ!」「親が認知症でして介護で……」「とにかく金返せ!」だ。
 しかも奴らは、自分たちが公共機関であるかのようなふりをする。ある弁護士のブログに「もう自殺するしかないんでしょうか。でも連帯保証人に迷惑はかからないんでしょうか」という奨学生からの相談を受けたとの記述があった。答を教えよう。たとえ君が自殺しても、保証人や連帯保証人に赤紙請求書が行く。彼らが死んでいたら? なんとその子供に行く。

 本来債権は、複雑な手続きを踏まないかぎりは譲渡できない。つまり人が死んだら、その借金は基本的にチャラだ。「俺は借りてませんし……ひょっとして俺の判子が付いてあるんですか?」で終わり。
 ところが自民党橋本政権は、日本育英会から日本学生支援機構へと、強制的に債権と個人情報を譲渡させた(むろん違法)。多額の裏金が動いたという想像しないのは、なかなか難しい。「戦後最悪の乗っ取り」という言葉を、ある教育関係者から聞いた。
 僕や僕の親だって、金を借りた相手は日本育英会なのだ。日本学生支援機構などという名前からして如何わしい団体から借りた覚えはなく、病床の僕への育英会の対処は懇切だった。「大丈夫。貴方は治る。立派な小説を書いて、そのときに返してちょうだい」と担当者から幾度も慰められた。
 いま試しに日本学生支援機能の電話番号にかけてみ。「たいへん込み合っております。後からおかけ直しください」と合成音声に云われるだけだ。

 僕が借金を返せずにいるのを一般の問題とする気はなかったが、大学講師らしき人物がツイッターでこの借金を推奨している文言を見て、気が変わった。
 なぜ彼は大学「闇金」を推奨する? 若者の実数は減っている。一方で大学は乱立している。いきおい学生の数は少ない。今後、大学は消えていく。要するに教員の職が危ないのだ。
「さあ、お金を借りてうちに入りましょう。僕が待ってますよ」以外に、ロジカルな解釈はしにくい。
 大学従事者の多くは、日本学生支援機構を危険視している(なにしろ僕の妹がそうだ)。でもたまに宣伝員が生じて、かろうじて悪しきシステムが残存している。

 もし君が頭が良いんだったら、海外の大学か専門学校に行け。そのほうが絶対に安い。
「頭の出来はいまいち」と思うんだったら、寿司を握るとか車の整備とか、そう、いつか俺のギターを作ってくれないか。相場の倍は払うぜ。
 じゃあ、Good Luck!!!
 

日本学生シエン機構2

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月20日(日)11時34分53秒
   こいつら、もう潰すしかないよ。モラル・ハザードの極致団体である。

・大学の名を借りて、十代の子やその親に貸付けをする。云っておくが彼らは大学の一部ではないからね。まったく別の高利貸しだ。

・返済(奴らは「返還」という言葉でごまかす)ルールは勝手に決める。一般企業以上に交渉の余地はない。

・説明会で、高利であることは説明されない。もしくはゴニョゴニョだ。「高利ですよ!」と宣言する説明会があるか? あるならそいつは一瞬にして日本学生支援機構をクビになる。要するにナントカ商法とまったく同じ手口。

・世界的不況のこの時代に、滞納すると連帯保証人にまで赤紙請求書が届く。その判子、捺すなよ!

・学生から利潤を毟り取っておきながら、彼らの将来はいっさい保証しない。
 ここ、ちょっと詳しく書いておく。教育による教養は趣味か? ほとんどの家庭にとっては「教養を身につければ食うに困らない」という先行投資だ。ところが数値上、明らかに投資は回収できない。大卒だって、飲み屋の呼込みの仕事を得られたら御の字という時代だ。彼らの多くは大卒なのだ。世間知らずだった彼らに高利貸付けをしておいて、はい何百万円払ってくださいという段階で、企業としては崩壊しているし、違法だ。なぜなら法律というのは国民の幸福のために作られるものだから、それを踏みつけるのは違法行為なのだ。

・奴らは公的団体であるふりをしている。違うよ。橋本政権の方針で生じた独立行政法人だ。名前のとおり民間の独立団体だ。マチ金と変わらない。
 彼らにあるのは日本育英会から受け継いだ(というか盗んだ)大学とのパイプのみ。ところが説明会は大学のキャンパスでおこなわれる。ここに既に違法性がある。通常、キャンパス(象牙の塔)でおこなわれる「説明」は、オフィシャルなものだと人は感じる。違うんだぜ? 必死に勉強して大学に入ったら、変な業者が入り込んでいて、妙に高い布団を売りつけられるのと同じなんだ。

・奴らが成立している背景には、日本の大学の異様な学費の高さがある。
 子供が大切だったらそれを支払えというシステムが増長して、誰も知らない「はあ?」という大学でさえ馬鹿みたいな学費を請求する。有能な学生は無料という国だってたくさんあるのに。ちなみに現首相はセーケーとかいう「はあ?」な大学を卒業したらしい。僕はもう三十年も関東在住なのだが、それはどこで何を教える大学なのですか? としか感じない。セーケーの諸君には申し訳ないが、せめて憎みながらも正直な奴だったと思ってくださると嬉しい。世間に出たら「はあ?」と云われ続けるから。それでも新設大学よりはマシだから。勝負は卒業後に始まる。そのためにも、つまらん借金は背負うな。
 

日本学生シエン機構

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月20日(日)01時56分38秒
   日本学生支援機構からの、驚きの通知。なんと「ディスカウント」すると云ってきた。よほど返還者が少ないのか?
 相変わらずの詐欺文言が並ぶ。
 かつてツイッターに記したとおり、僕は無返還を推奨する立場ではないが、大学生(実質的にはその親)への、高度経済成長を前提とした高利貸しからの借金を、未だ大学が斡旋している現状には、全面的に反対している。詐欺だ。
 それ抜きには大学が成立しないというのならば、数多のどうでもいい大学を、それこそ保育所にすればいい。教授連をクビにするのは気の毒だから、研修を経て保育士として人生をやり直していただく。高度な知能を有する人格者たちだから、とうぜん有能な保育士になれる。
 大学の多くは「広大なキャンパス」を売りにしている。その無駄なスペースを墓地にすれば、企業としての採算は取れる。揺り籠と墓場。素晴らしいじゃないか。

 さて「ディスカウント」内容を転記する。これまで無体な条件下で完済してきた奨学生たちからの、集団訴訟が起きねばいいが(反語)。

「返還に関する制度変更について」

1.延滞金の賦課率の引き下げ
 平成26年4月以降に発生する延滞金の賦課率を年10%から年5%に引き下げました。

※津原註:見たか。凄まじい賦課率だ。賦課も借金だから、そこにまた10%が賦課される。ちょっと計算してみるといい。「精神病でここ数年働けませんでした。百万円を返せなくてすみません」という場合にも、いつしか借金は二百万に膨れ上がっているのだ。

2.返還期限猶予制度の適用年数の延長
 返還期限猶予制度を適用できる年数を通算5年から通算10年に延長しました。

※津原註:この「通算5年」に驚かれた方は多いのではなかろうか? 親が死んで自分が大病を患いでもしたなら、もう延長の権利すら使い果たしてしまう。彼らの論理は「借りた金でしょう」だが、借りるように推奨してくださいと権威たる大学にはたらきかけ、半端な説明会をおこなってきたのは誰だ? 右も左も分からない十代の子たちに、誓約書を書かせ続けたのは誰だ? 完璧に詐欺。心は痛まないのか?

3.減額返還制度及び返還期限猶予制度の基準の緩和
 「経済困難」自由の収入基準額(給与所得者は年間収入300万円(給与所得者以外は年間所得200万円)を超える場合でも、特別な支出を控除して収入基準額以下となる場合は、減額返還制度及び返還期限猶予を申請することができます。平成26年4月から、以下についても控除することとしました。
(1)本人の被扶養者について1人につき38万円控除します。
   従来の親等へ生活費補助の控除は48万円から38万円に変更になりました。
(2)減額返還適用者は一律25万円控除します。
  (減額返還の適用は、給与所得者の方は325万円、給与所得以外の人は225万円が目安となります)
 なお、本人の医療費及び本人が扶養している者の医療費に係る特別な支出の控除は従来どおりです。

※津原註:この悪文。読むなと云っているに等しいこの一連に、親族への生活支援に対する控除はカットするむねを紛れ込ませている(文字が小さい)。ちにみにカッコ(パーレン。いま使っているこれ)の小学生並みの誤用や漢字の間違いは、僕の誤変換ではない。そもそも頭の悪い団体である。

4.延滞者への返還期限猶予の適用(現在、真に返還が困難な方が対象です。)
 延滞者であっても、現在、傷病、生活保護受給中等、真に返還が困難な場合は、現在の猶予と同時に申請することで、延滞期間のうち猶予事由の該当する期間について、返還期限猶予を適用します。
 猶予適用期間中は、延滞が進むことなく、新たに延滞金も加算されません。
 申請事由により、一定の収入以下を適用条件とするものがあります。
 猶予期間終了後は、対象となった延滞期間について猶予を改めて遡って申請することはできません。
 また、延滞分の返還額について一括または分割で返還していただきます。
 申請にあたっては、返還期限猶予願(延滞据置)の方式で申請してください。
 延滞開始年月から猶予申請ができる場合は、通常の猶予申請をしてください。

※津原註:もはや日本語ではない。書面には通じない言葉を連ね、口頭では別の説明をして、「貴方は判子を捺したでしょう」が奴らの手口だ。

5.減額返還制度の申し込みに係る提出書類の簡素化
 平成26年3月以降の貸与終了者(在学猶予終了者含む)については、返還開始より1年以内(貸与終了または在学猶予終了の翌年に当年度の所得証明書が発行されるまでの初回申請時に限り、収入証明等の証明書類の提出が不要となりました。

※津原註:これ、日本語なのか!? 相変わらずパーレンが閉じられていないのは、僕の誤記ではない。これがオフィシャルな書類として送られてくるのだ。闇金の連中のほうが、よっぽどインテリだと思う。

 以下には「奨学金返還相談センター」の案内などあるが、絶対に通じないから、こいつら。
 振るっているのは「詐欺にご注意を!」という項目があること。笑えるよ。「日本学生支援機構や本機構が痛くした債権回収会社の職員を装った詐欺事件が報告されています。不審な電話がありましたら奨学金返還相談センターにご照会ください」
 じゃあ郵送による詐欺だって考えられるわけだ。電話、あんたらの委託したコールセンターからかかってくるけど? じゃあもう、ぜんぶ無視していいわけだ。
 電話詐欺があるなら郵送詐欺もあるだろう。というわけで返還しなくていいらしい。文面から詐欺と断定せざるをえないので。
 

ただの酔っ払い二人

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月20日(日)00時20分39秒
編集済
   美術倶楽部ひぐらしにて。たぶん十年くらい前。もっとはしたない写真も残っているが、それらは遠慮しておきます。
 なぜ額縁を抱えているのか自分でも理解できないのだが、たぶん無題だった作品のタイトル付けを任されたタイミングであろう。同画のタイトルは憶えている。『帰還』。

 

顛末補遺

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月19日(土)10時32分29秒
   顛末に補遺は矛盾だが、ま、一つのエピローグということで。
 一般に「澁澤一派」と思われている人脈のルーツは、実は詩人の高橋睦郎である。これは四谷シモンの証言によるし、その場に高橋さんも澁澤龍子さんも居たので間違いなかろう。
 彼の求心力と親切心が、才能を集め、一時代を築いた。

 金子國義を巡る人脈に、物書きは意外と少ない。澁澤(龍彦)さんとの交流は深かったが、三島(由紀夫)さんとは何度か会った程度。睦郎さんと松山俊太郎は、私見によれば求道者のタイプであって、活動が画家とシンクロした例は知らない。和やかな写真はたくさん残っている。
 その後が、格は違えど、また年齢も遥かに下ながら、僕なのだ。間を繋いだ文筆家を、いま一所懸命に考えているのだが、どうにも思い付かない。種村季弘と同席している場面は、僕は見たことがない。仲が悪かったという訳ではなかろうが。
 だからなんだ? いや、事実を述べているだけであって。
 澁澤さんや種さんがけっきょく物せなかった小説に長け、出版全般に詳しい僕は、画家から重宝された。

 三島さんへの、各者の想いは複雑であろうと想像する。早過ぎた晩年の彼は、なんらかの狂気に囚われていた。「楯の会」への費用を捻出するため、なんとプレイボーイにまで書き殴っていた娯楽作を、僕はまったく嫌いではない。むしろ脳味噌の煮詰まりを解消するための、カンフルでさえある。彼は金のために美文麗文を捨てている。なんとも格好いいのだが、結末は……『豊饒の海/天人五衰』を遺したことが、最期のミシマ美学だったとしか。

 ともかく金子國義や四谷シモンとの交流にて、レジェンドたちが僕のなかで「人間」になったというのを、補遺的に記したかったのだ。
 実像を聞き及ぶに至らない人々は、彼らを神のごとく崇め奉る。しょせんメディアに騙されて生き、そのまま死んでしまう人々に過ぎない。
 公正に云って、高橋睦郎の博識ぶりは凄まじい。しかしそれがメディアで喧伝されるか? 松山俊太郎に至っては梵語を読めた。なんのため? たぶん僕らに「君たちは何も知らない」と伝えるためだ。あと女性のオッパイが大好きな人だった。傍らの女性のそれを揉みながら酒を飲む。僕なんぞの凡人には、とても到達できない領域である。

 松山さんは若い時分の事故で、片手は手首までしか、もう片手は親指を欠いていた。そちらの小指はあっただろうか? 直視するのも気がひけたので記憶していない。とにかく指の少ない人だった。人差し指が親指のように反り返っていて、中指か薬指との間に器用にグラスを挟んでビールを飲んでいた。
 晩年には糖尿で両脚を切り落としているので、人類史上、指の少ない賢人ベストテンには絶対に入る。ああいう天才は、あと百年は絶対に現れないだろう。

 松山さんをダシにしてしまったが、耽美だエロティシズムだの金子國義評価は、コピー・コピーのマスメディアに踊らされた文言に過ぎない、というのを云いたかったのだ。彼の絵はユーモラスだよ、なぜそれを認めない? 生前の松山さんは「西洋人よりも西洋的、日本人よりも日本的」と彼を評した。たとえ「最後の晩餐」を描いても、それはあたかも歌舞伎のキメなんだ。
「『金子をもって国に義する』とは凄い名前だよな」と松山さんは笑っていた。彼に命じられて僕は『美貌帖』のために奔走した。
 

金子國義関係顛末

 投稿者:津原泰水  投稿日:2016年 3月19日(土)08時20分12秒
編集済
   やはり僕はツイッターには向かない。なにより推敲できないのが痛恨である(とりわけ白内障を患って以来)。
 文字数の不自由を逆手にとり、新しい文体を生むために1ツイート一行の小説を書いていたのだが、出版社の反応は芳しくなく、放置しているうち親のように感じていた金子國義が死んでしまい、その贋作が出回っていることに気付いて、已むなく「普通の」ツイートを始めた。
 しかし細切れの「呟き」は僕には向かないし、誰一人としてフォローしなかった。非礼とは感じていたが、いま誰がどこで何をしているといったコミュニケーション形態に、どうしても興味がいだけなかったのだ。僕がいまどこで何をしている、を発信する気にもなれなかった。「犬の大便を片付けなう」……面白いとは思えない。

 ましてや僕は子供っぽくも怒りっぽい。友人のためにだったら殴り合いも辞さないところがある。
 僕は概ね、友人知人のために怒る。市井の一般人であったにも拘らず、その葬儀のさい雪の路上に近所から二百人もが集った、客観的に見て人格者であった亡父の教えによる。彼が自分の利益のために激することはなかった。しかし正義のためには、例えば近所の方々を泣かせた無体な宗教団体に対しても、危険を顧みず特攻した。
 棺桶の中の彼の頬を、書道教室の小学生たちが「先生、起きて」と撫でまわすのを見て、この不器用な人物の子に生まれて良かったと感じたものだ。

 ともあれ金子國義は死んだ。両親のいない僕に「(自分とは)親子のような交流と記せば」と提言してくれた人物である。拙作が漫画化され文化庁メディア芸術祭で大賞を賜ったと聞き、万歳三唱をしてくれた人だ。
 彼の活動は幾度めかのピークを迎えつつあったため、僕には幾多の宿題が遺された。なにしろ死んだのがトークショウの一週間前だ。一緒に全国の書店を行脚しようとも相談していた。突然死だった。
 トークショウは中止となったが、企画進行中だった『天守物語』と『文藝別冊/金子國義』は僕の手に託された。客観的に、版元の妥当な判断であったと感じる。アトリエに入り浸って原画をぺたぺたと触り、ワイングラスを大量に割り、しかも編集スキルのある人間が、ほかに居たかといったら……ちょっと思い付かない。そして正直、幾つもの連載を抱えている僕にとっては、厳しい課題でもあった。

『天守物語』については誤解が横行している。もともと「改めて泉鏡花を売るために、金子國義の絵を借りる」企画だった。「ちゃんと描き下ろしで」といった声をウェブ上に見掛けたが、逆なのだ。描き下ろしを待っていたら、あと十年はかかった。速筆の画家ではなかった。一気呵成に見える線も、大量の下絵を経たのちの成果である。そもそも『天守物語』は、昨今流行りの無国籍・無時代のファンタジーに近い。白鷺城がノートルダム寺院でもベルサイユ宮殿でも成立する。慎重に読まれたし。
『文藝別冊/金子國義』の作業は、生前からの担当者が涙を怺えながら仕上げたが、当然のことその中身は追悼文に満ちた。僕は予定どおり画家を題材とした小説を書き(これは次なる短篇集のトップに置いてもいいと思っている)、編集者と一緒にアトリエでポジフィルムを選び、白内障の右眼をつむって寄稿者たちの原稿を精査した。立派な文章ばかりで筆を入れる余地はなかった。

 降って沸いたかのような『ユリイカ増刊/金子國義』については、まったく責任を持てない。「津原さんが居ない!」とのスタジオの声に応じ、急に企画書が送られてきた。「もう一冊の『美貌帖』となろう」とあった。とにかく〆切が早かったので、心労にて今しも入院かという状態で、一篇のエッセーを仕上げた。手は抜いていない。いつかどこかに再録したいと思う。河出書房新社へのライヴァル心からか、校正すらおこなわれないという緊急デタラメ出版だった。
 ゆいいつ良かったのは「葬式饅頭には人が群がる」と教えてくれた事である。仕上がりを見た近親者が「はよ死ね」「はよ潰れろ」と思わず口にしたが、誰とは書かない。憎まれ役は僕だけで充分だ。

 画集『イルミナシオン』は画家没後の企画ではあるが、より仔細に記すと「新しい画集、やんないとね」「版元さえ見つかれば……」という、昔からのスタジオとの対話の延長線上にある。金子國義の画集は高騰していた。そこで僕が版元を探し続けた。小ぶりなポストカード集でもいいと思っていたのだが、見つかった版元からの要請は、本格的な画集だった。
 とにかく予算が無いので外部編集を雇うことも叶わず、僕は収録作のチョイスと編集、画質に関する決定のみならず、翻訳に至るまで担った。『イルミナシオン』の原型たる大学ノート一冊分のスクラップは保管してある。スタジオは「いつか展示させてほしい」と云っている。望むところだ。「最初はこれ。これが、こうなるのか」と本作りを体感していただきたい。
『イルミナシオン』はなぜ必要だったか? 売る物が無かったらスタジオ・カネコが消えてしまうからだ。画家生前は、金が無ければ二百五十万円の新作が出てきた。今はもう、出てこない。もう書いてしまっていいだろう、葬儀後のスタジオのために、ずいぶん知人にリトグラフを買ってもらった。ただし、いつでも買い戻せる信頼できる人限定で。
 今後とも販売されるオフィシャルなジグレー(高級複製)や、リトグラフのセカンド・エディションには、刻印があり美術的な価値があり、すなわち立派な資産価値がある。然しながらスタジオが消えてしまったら、それらすら地上から消えてしまう。誰にももう「いつか」と願っていた金子國義の美術が入手できなくなってしまうのだ。

 予期していたとはいえ、各メディアを通じての画家没後の妨害に、僕は本気で怒っている。本人が生きていたなら叱られる。でも「もう大丈夫」な感覚らしい。
 この辺から犯人は誰かが類推できるのだが、僕にだって知恵はあるからここには記さない。スタジオとそれを巡る人々の見解は、概ね一致している。「津原さえ居なければ」と勘違いしている存在だ、とのみ。
「本当はもっとこうだったはず」……そんな「本当」は存在しないのだ。画家は死んだ。続きは僕しかやれなかった。「やってみろ」と云いたい。二十年をかけて。
 乱丁・落丁・印刷ミス・(ユリイカみたいな)誤植まみれ、だったら、こうべの垂れようもあるのだが、「なんか違う」と云われても「お前の頭の中身がなんか違うんじゃないか」という感想しか持ちようがない。
 彼らは「金子國義」に利権があると信じている。あるもんか。もしあったなら、僕は豪邸で犬を二十頭は飼っている。関わって、貧乏になっただけさ。
 画家が僕に遺してくれた最大の遺産は、ユーモアだ。

 本音の本音として、僕は『美貌帖』や『イルミナシオン』を買い支えていただきたいし、その余裕のない方々には図書館ででいいから眺めていただきたい。
「いつか買いたい」で結構。貴方が買えるときAmazonにそれが置かれているよう尽力するのが、今の僕の務めだ。
 

小説講座

 投稿者:津原泰水  投稿日:2015年 3月30日(月)09時20分16秒
   こんな雰囲気です。

 

深謝

 投稿者:津原泰水  投稿日:2015年 3月25日(水)05時27分19秒
編集済
   読売新聞社文化部の渡部さん、素晴らしい記事をありがとう。

 

まだ信じられない

 投稿者:津原泰水  投稿日:2015年 3月19日(木)06時39分29秒
   

お詫び

 投稿者:津原泰水  投稿日:2014年12月18日(木)10時59分24秒
編集済
  『たんときれいに召し上がれ』収録予定の倉橋由美子作品について、著作権継承者は許諾しておらずお困りになっているとの報は、いわば善意の行き違いから生じたものであり、芸術新聞社が問い合わせた編集部や団体から「著作権継承者不明」との誤報が流れ、やむなく同社独自に調査中、古屋美登里さんが事態にお気付きになったものです。「著作権継承者不明」が長らく続いた場合、書籍中にて呼びかけをおこない判明ししだい追認をお願いするのが慣例ですが、同社としてそれは本意ではなく、このたびのご指摘による早期解決に胸をなで下ろしているとのことです。
 以上のように報告を受けておりますが、読者の皆様、玉稿をご提供くださった著者様、継承者様各位にご心配をおかけしましたこと、監修者すなわち関係者の代表としてお詫び致しますと同時に、古屋美登里さんのツイートに深謝するものです。津原拝
 

50回目のお誕生日おめでとうございます。

 投稿者:鳴原あきら  投稿日:2014年 9月 4日(木)00時58分13秒
  とりあえず三本ほどロウソクをたてて……

(iii)

『五色の舟』を祝う会、参加させてくださってありがとうございました。
改めまして、オールタイムベスト、おめでとうございます。
 

Hさんへ

 投稿者:津原泰水  投稿日:2014年 8月14日(木)06時18分47秒
編集済
   Hさんにもう一つ助言があります。
 事情を知っている味方をつくりましょう。

 僕の勝訴は、僕の独力によるものではないのは無論のこと、僕と弁護士のコンビのみによるものでもありません。
 日夜、手間のかかる情報収集(ファイリング)を続けてくれた親友のことは、もはや2ちゃんねるでも語り草です。
 このBBSに於いて表立っての反論を繰り広げてくださった方々も、まったく表に出ることはないけれど対策を練り続けてくださった方々もいます。
 2ちゃんねる上で、誰とも名乗らず側面支援をしてくださった方々もいます。

 職業柄、否応なく大勢を巻き込んでしまったことは否めませんが、そのぶん便乗犯も多かったので、被害者としての心理は、恐らくHさんと変わらぬものでした。今だから申せますが、恐怖に抗うのは大変でした。
 克己の原動力となったのは、“彼ら”の手慣れた捏造ぶり恫喝ぶり……すなわち“彼ら”がこれまでに多数の被害者を生んできたことへの怒りと、味方の存在でした。

 誹謗中傷を受けて困っているというカミングアウトは、たいへん勇気の要る行為です。
「自分に非があるんじゃないの?」などと、一見心ないことを云う人もいることでしょう。恨まず気丈に「この人はまだこういう経験のない、幸せな人なのだ」と考えるようにしてください。すべて時間が解決してくれます。
 誹謗中傷犯には、その行為によって他者の精神を害した成功体験があり、全能感の中毒に陥っています。
 ご存じのように人はあらゆる行為に中毒します。たとえばパチンコ中毒、買物中毒……そして誹謗中傷中毒。
 そこからの離脱は、地獄に居るように苦しいのです。Hさんにまず出来る、合法的でかつ紳士的な報復は、味方をつくることです。
 法的手段というセイフティネットを確保しつつ、相手を精神的破産へと導くことです。

 こちらにお書き込みになり、自らの窮状をカミングアウトされたのは、賢明な選択でした。
 すでにHさんは独りではありません(もともと暖かなご家族ご友人に恵まれている方と拝察しますが)。

 もし僕があのとき「これが読者の目に触れたら」などとビクついていたら、今の穏やかな暮しはありませんでした。
 ビクつきこそ誹謗中傷犯の好餌です。「ほほう、取材してやろう。書いてやろう。俺は作家だ」と、いつも自分に云い聞かせておりました。
 実際に口に出して云い聞かせていました。今だから正直に申せます。ご参考になれば。
 

お役に立てれば

 投稿者:津原泰水  投稿日:2014年 8月13日(水)06時34分35秒
編集済
  【本投稿と続いての投稿は、ネットでの誹謗中傷被害に遭われているHさんへのレスです。職場の特定を避けるため、津原からの返答以外は非表示と致します】

H様;

 リンク先、拝見しました。このBBSがHさんのご参考になりましたら幸いです。
 僕にまつわる件は、論評と誹謗中傷が線引きされた画期的な判決であり、判例主義の日本の司法に於いては、以後の裁判に大きく影響します。
 実名であれ匿名であれ、印象を語ることと虚偽を広めることは、まったく違うという話です。
「感じの悪い学校」であれば個人の印象であり、多くが「ふうん、貴方にとってはそうなのか」としか感じません。誹謗中傷犯は已むなく理由を捏造して記します。それが例えば「学歴詐称」です。「学歴詐称してるの?」という疑問形や擬似的な質疑応答も、断定に準ずるか同等の発言として法廷で扱われます。

 現実の裁判フローは、削除依頼>2ちゃんねるへのIP請求>プロバイダの特定と情報開示請求訴訟>情報開示>和解もしくは民事裁判および刑事裁判と、時間がかかるうえ煩瑣です。そのうえ実際には、現実社会でのやり取りも多数ありました。
 それでも、やる価値があったと感じています。匿名中傷犯は「自分の姿が見えない」特権を利用して、相手に恐怖を与えようとします。また相手が受ける実害を認識しています。すなわちフィジカルな暴力と同等の、犯罪です。
 ましてや現実社会とネット社会を区分しようのない現在、「無視しろ」「笑い飛ばせ」という根性論はレトロです。

・記録を丁寧にとってください。2ちゃんねるもしくはミラーサイトを画面保存してください。裁判の証拠となります。
・ご自身や職場への名誉毀損、ストレスで病院に行った等、実害を整理しておいてください。陳述書に必要です。
・相手が電話脅迫などの手段をとってきた場合、通話中もしくは直後にメモをとり、それをスマホで撮影するなどして、日付と時刻が分かるようにしておいてください。法廷でも警察でも証拠採用されます。

 Hさんご自身、2ちゃんねる上で穏やかに抗議されているようです。
 なんでしたら誹謗中傷犯に、このBBSを読むよう促してください。今なら引き返せることを示してあげてください。
 僕のケースでの被告がいま置かれている状況は、その人権に鑑みて公表しておりませんが、被害者が本気で立ち上がった場合、匿名による誹謗中傷はとうてい割に合うものではありません。はっきり云って人生を棒に振ります。
 ここに判例があり、僕や僕の弁護士は勝訴するためのスキルを有しており、それをHさんに提供できます。
 匿名の隠れ蓑を着ていたつもりが裸に剥かれてしまったとき、誹謗中傷犯やその家族が味わう恐怖は並大抵のものではありません。そして……と後はご想像ください。
 現在、誹謗中傷の発信者情報は、比較的簡単に開示されます。僕のケースに於いては、ログ情報が消えていないかぎり100%開示されました。プロバイダに犯罪者を背負う気はありません。2ちゃんねる管理側、プロバイダ弁護士共々、基本的に「あとは民事法廷で頼む」という姿勢を見せます。

 更に二点、Hさんにお伝えします。

・書き癖や事実誤認など、まずもって同一人物であろうという情況証拠は、裁判にて概ね証拠認定されます。
・誹謗中傷犯には「目的」があります。それを見極めるようにしてください。僕のケースでは、背後にやはり大学が存在しました。それが被告の言質によって立証されました。関係する全員を一網打尽にはできませんでしたが、現実社会に於ける対処が可能となりました。

「2ちゃんねるによる風説の流布はやりたい放題」はもはや過去の話であり、若年層はそれをよく分かっています。誹謗中傷犯がそのことを理解していないとすれば、あんがい中高年かもしれません。
 僕の目には、彼もしくは彼女の書き癖がはっきりと分かります。少なくとも受験生ではありません(笑)
 

五色の舟の三悪人

 投稿者:津原泰水  投稿日:2014年 7月15日(火)04時35分32秒
編集済
   2014.7.12@新宿スンガリー
 近藤ようこ、大森望、津原泰水。
 

判決文8

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)18時54分35秒
   22~24頁です。これにて休憩します。

 

判決文7

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)18時53分1秒
   19~21頁です。

 

判決文6

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)18時48分42秒
   16~18頁です。

 

判決文5

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)18時46分34秒
   13~15頁です。
 長いんですよ。

 

判決文4

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)09時06分6秒
   キリのいい12頁までアップしておきます。


 

判決文3

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)07時56分6秒
   おはようございます。
 判決文の続きです。主文は短いのですが、全体はきわめて長いのです。
 かつまた法律用語は読みにくく、あの頃は本当に大変でした。

 

判決文2

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)02時44分32秒
編集済
   続きです。今夜はこれまでとします。
 同じ被害に悩まれている方々のための(弁護士にお見せいただくための)PDFファイルと、ここに至るまでのフローやノウハウを最後に記します。
 日本の司法は判例主義です。よって今後の類似ケースでは、悉く誹謗中傷者がギルティということになりましょう。そうでなかった時代が異常だったのであり、この判例をひっくり返す誹謗中傷者が今後現れることは、ちょっと考えられません。
 役立ててくださる方が一人でもいらっしゃれば、過酷な訴訟に臨んで良かったと感じる次第です。

 

判決文1

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月26日(土)01時55分22秒
   菊田若奈さんとの訴訟にまつわる判決文です。
 公文書ですので公開に違法性はありません。
 長いため、少しずつ公開していきます。

 

まぼろし百貨店、品揃え増えました

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月24日(木)18時50分42秒
編集済
   田中悠……クラシック歌唱。
 栗田ひづる……朗読。プロ声優。
 加藤友彦&His Gang……ハーモニカをフィーチュアしたR&B。加藤はクレイジーケンのツアーメンバー。
 カラメル……日本歌謡曲ガレージバンド。
 竹内信次プロジェクト……超絶マンドリンをフィーチュアしたブルーグラス。

 随時、掲載し続けます。
 あ、無論のこと僕のバンド/ラヂオデパートか、津原泰水コンソートは必ず出演します。

 来年、偶數月の第三土曜日。
 憶えておいてください。面白いことになってきた。

 自薦、まだまだ募集中です。あんがいスルリと通るかもしれないので、ぜひ下「管理者へメール」からご連絡を。
 プロとの共演、音楽評論家の前でパフォーマンスをする、稀有なチャンスです。
 

まぼろし百貨店ブッキング現状

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月23日(水)01時35分30秒
   田中悠……クラシック歌唱
 栗田ひづる……朗読
 加藤友彦&His Gang……ハーモニカをフィーチュアしたR&B
 カラメル……日本歌謡ガレージバンド

 多いような、足りないような。とまれ、どれも折紙付きです。
 演劇系の人にも声をかけていますが、時間がかかるだろうから、きっと来年後半でしょう。
 知ってるバンドでお茶を濁すのは簡単なんですが、もっともっと自薦が欲しいところです。伝統芸能はなぜ挑戦しない?(挑発)
 ダンスの子が、ハコが狭くて無理だったんで可哀相。御免なさい。日舞やフラなら大丈夫だったんですが。
 

印鑑、ギブソン、コイーバ

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月17日(木)14時01分6秒
   ツイッターに2ちゃんねるで清水博子とやり取りをしたと書いている人がいるが、物事への視線がプレーンな人だったので、そういうこともあったのだろうと思う。かく云う僕も投稿を見て、これは清水さんじゃないかと感じたことがある。独特のウィットが良い意味で場違いなのだ。
 長いメールをたくさん貰った。最初は律儀に返信していたが、そのうち「あれは単なる生存証明なので返さなくていい」と云われた。小説の練習だったのかもしれない。

 預かりっぱなしになっている物がある。巾着袋に入った篆刻前の印鑑だ。きっと香港辺りで、綺麗だと思って買われたんじゃないかと思う。
 篆刻家を紹介してほしいとのことだった。父が存命中ならすぐさま田舎に送り、彼も作家の判を彫れるなんて栄誉だからさぞかし張り切ったことだろうが、とうに草葉の陰である。希望の書体など尋ねたがさすがに知識にギャップがあって話が進まず、僕は僕でこれといった篆刻家を思い付かず、父から基本は教わっているので「そのうち俺が彫るか」と妹に父の遺品の篆刻台や鉄筆を送ってもらい、そしてそれきりになってしまった。
 いまさら「清水博子」と彫っても使う人がいないが、平らなままでご遺族にお返しするのも申し訳なく、困っている。

 ギブソンのレスポールをお持ちだったはずだ。弾けたのかどうかは知らない。(ローリング・ストーンズの)ブライアン・ジョーンズ・モデルだと云い張るので、そんなモデルは出ていないと教えるのだが、納得してくれない。ジョーンズのギブソンといえばファイアバードが有名なので絵を描いて見せると、なんと下手かと笑われた。彼女の指示どおりに修正していくと、レスポールになってしまった。
「そうそう、それそれ。そして茶色いの」
 後日、真相が分かった。僕がウェブで、ブライアン・ジョーンズがレスポールを弾いている映像を発見したのだ。これかと問い合わせると、まさにそれだと返事があった。「ミック・ロンソンのとは色が違う」
 ロンソンはボウイの片腕だった人だ。やはりレスポールを弾いていたが元は黒、その後は塗装を剥がしていた。濃いサンバーストのレスポールを弾いている人を、清水さんはジョーンズ以外にご存じなかった。なんとかモデルといわれると、いかにもそういう製品がありそうな気がして錯覚してしまったが、彼女は彼女で間違っていなかったのである。

 彼女とコミュニケーションをとるには、独特な話法を習得する必要があった。あまりに文学的、すなわち汚れを洗い落した言葉しか使わないので、逆にぎくしゃくとして感じられ、まるで幼児と喋っているような心地に陥ることがある。ぎょっとさせられることもある。
 言葉の機能美や恐ろしさを熟知していて慎重であるがゆえに、周囲とのギャップが生じてしまうという人だった。要するに文学そのものである。
 信じることによってしか、それは理解できない。

 僕に清水博子のことを書かれると都合の悪い人たちが、2ちゃんねるで藻掻いている。もう優しさが尽きた。相手をしてやる気にならない。
 清水さんの再評価のためだったら力を惜しまないと中上さんは云う。僕も、せめてその言葉を読者の手へと適切に届けられるよう、なにか出来るのではないかと思っている。
 そうそう、ツイッターに若き日の彼女を知っている人の投稿があった。「島田雅彦のファンだった」とのこと。微笑ましい。「島田兄ぃ」と呼んでいた。彼女をすばる新人賞で拾った一人が島田さんで、きっと天にも昇る心地だったことだろう。そういう美しい体験によって、清水さんの小説に対するストイシズムは培われたのである。
 盗んでばかりの人もいれば、与えてばかりの人もいる。清水さんはあまり売っていないコイーバのシガレットを喫っていて、誰もが喫えるようにテーブルの真ん中に放り出す。ずいぶんたかったものだ。
 

また清水博子のこと

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月17日(木)04時51分15秒
編集済
  「文壇への抗議」などとしてその死を矮小化したくはないのだが、幾人かのご意見に耳を傾けるに、憤死の側面はあったのかもしれないと思うに至った。
 たしかに昨今の文学賞は候補選びの段からして無茶苦茶である。僕のように「一生縁がない」と公言してこなかった者には、さぞやストレスだろう。作家にとってストレスでしかないイヴェントになんの意味があるのかと思うかたわら、それが無くても生きてこられた自分は余程のこと幸運な作家なのだとも気付いて、声が小さくなってしまう。
 まあ暴力には違いない。欲しいと思えばチキンレースへの参加を余儀なくされ、要らんと云えば無冠を2ちゃんねる辺りで莫迦にされる。僕が無冠(ツイッター文学賞への偏見はないが、あれは読者投票なので別枠として考えている)だということなんか愛読者だって知らないのに、知っている奴らが匿名の罵倒を重ねる。愚かな世界だ。
 あんなもん根性焼きみたいなもので、痛覚が麻痺している者が強いに決まっているのだ。

 清水さんはディヴィッド・ボウイのファンで、自分を正統派で勉強家のボウイ、僕をマーク・ボランに見立てるものだから、「じゃあ俺はもう死んでなきゃいけない」と云ったら、たいそう申し訳なさそうにしていた。気の利かない切り返しをしてしまったものだ。たしかに僕は、ルーツの見えない化け物だったボランに近いような気がする。
「ボウイはもう引退したつもりなんだと思うわ」と仰有っていたが、そのあと新しいアルバムが出た。感想を云い交わそうと思っていたのに機を逸してしまった。
 彼女が金子國義に頭からワインをぶっかけられそうになっているのを、慌てて仲裁したこともある。僕が画伯を抱き締め、弟が清水さんを説得して送っていった。原因は誤解であって清水さんには悪意のかけらもなかった。スタジオ金子には、僕から伝わると思っていたに違いないのでそのとおり僕が訃報を伝えたが、弟にはなんとなく、まだ云えていない。その瞬間、本当に清水さんが死んでしまうような気がして。
 画伯にまた会いたいとメールが来たので、十年後になと返した。納得してくれた。約束を破ることのない人だったが、あれは例外になった。
 病院にワインを差し入れてくれと、とつぜん頼まれたこともある。病院にワイン? ご遺族にも病院にもこっぴどく叱られてしまうだろうから、これ以上は書けない。そのままカーヴァーの小説にでもなりそうな、愉快な一日だった。起きたことをそのまま書いていたら『11』は『12』になっていた。

 奇矯な人ではあったから、津原さんだから耐えられたんだと思う、とも云われる。僕は僕で少々いかれている自覚があるので、友達でいてくれるだけで御の字だった。
 これまで僕が純文学を端倪しきれなかったのは清水さんのような人がいたからで、もう見切れてしまったような気がして、幾つかの雑誌が空き箱のごとく重なっているとしか感じられなくなってしまった。
 そんなことよりなによりも、僕は友達を失った。こういう言い方をして世間に許されるなら、頼りになる妹分を失った、としたい。
 ある女性に清水さんのことばかり話し続け、さすがに迷惑かと察して謝ると、「死んだ人には敵いません」と云われた。
 彼女のことを愉しく思い出しながら、僕は静かに暗く怒ってもいる。彼女を追い詰めた人たちを僕は知っている。この焔は消えない。
 

誰もが彼女を愛していた

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月16日(水)19時11分20秒
編集済
   誤報だったという報がいつまで経っても入ってこない。
 どうやら清水博子は本当に死んだらしい。

 集英社の担当Tくんが共通していた縁で本が送られてきて、こんなに高い次元で純文学と取り組んでいる人がいたかと舌を巻いた。
 しかし彼女は僕を常に先輩作家として扱った。「あなた、この方が誰だか分かってるの!?」と非礼な人に啖呵を切ってくれた女傑は、後にも先にも彼女だけである。
 僕のバンド「ラヂオデパート」のライヴには一般客として足を運んでくれた。何度も朝まで飲み明かした。ほかのお客さんにも親切で、相手の名前を忘れず、むしろ接客側にたって疲れているバンドの負担を軽減してくれるので、たいへん人気があった。そのうえ自分より若い人たちの飲み代をぜんぶ払おうとする。それは困ると止めるんだが「兄さん、恥をかかせないで。せめて」とやっぱり多めに払って、綺麗に帰っていく。

 文学そのものを生きていた人で、たまに電話がかかってくるものの、早口なのも相俟って半分くらいしか意味が分からない。
「清水さん、いいかな、ぜんぜん通じてない」と正直に云っても、「わたくしが勝手に話しているだけだから。退屈?」などと意に介さない。
 訃報に接してからいちおう電話してみた。出てこない。なに、勝手なときしか他人と接しないのはいつものことである。

 僕は作家の知合いが少ない。清水さんに紹介された中上紀の名刺があったはずだと思い出し、抽斗をひっくり返して探したら出てきた。
 中上さんと話していて、どうも僕は生前最も親しかった作家の一人らしいと知った。清水さんの後輩である可能涼介に、北海道新聞の訃報を伝えるのも結果的に僕の仕事となった。可能さんから島田雅彦の電話番号を聞いて、初めて電話をしたら、詳しい事情をご存じですかと問われた。知っているかぎりのことを伝えた。
 清水さんは中原昌也の名前をよく口になさっていたのだが、僕は連絡先を知らない。

 誤解されがちだが彼女の作品『Vanity』はほぼ実話、私小説である。そういう手法に清水さんは拘った。
 大傑作『カギ』も実話だらけで、すなわち文才、教養、書くべき素材の全てに恵まれた人だった。致命的に欠いていたのは、下劣な「欲」だ。
 もうこっちに逃げてきなさい、貴方の筆力と取材力があれば山崎豊子にさえなれると勧めていたのだが、頷いてはもらえなかった。

 中上さんも可能さんもお別れ会をやろうと云っていて、じゃあ彼女がつまらない連中の策謀によって追い出された文壇バー風花でやってやれと、僕が電話をかけた。
 ママさんは訃報を知らず、電話口で号泣した。風花にできることはなんでもすると約束してくれた。やっと彼女が古巣に帰れるわけだが、死んで花実が咲くものか。僕は何度も仲裁に奔走した。話に耳を傾けてもらえなかったのは、僕の日頃の不徳の致すところである。悔やんでも悔やみきれない。
 僕は野良犬として生きられるが、清水さんは純粋な文壇人だった。文壇が最も認めるべき存在だった。

 風花でのお別れ会は月末に予定されている。出席や献花のご意向ある向きは、風花に連絡してみてください。
 彼女を低く扱ってきた人たちに告げる。彼女は一度も貴方たちを悪く云わなかった。これを人語で品と云う。
 

清水博子@ラヂデパの打上げ

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月15日(火)05時16分26秒
   カメラを向けられると照れて芝居を始める。
 R.I.P.

 

安堂ロイド

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月14日(月)13時55分47秒
編集済
   編輯さんが教えてくれました。
 なんでも主人公のハンドルネームが「バレエ・メカニック」な場面があるとか。
 吊り広告を「んあ?」と見上げていたドラマです。

 元々は画家として高名なフェルナン・レジェによる前衛フィルムのタイトル。拙著のタイトル(元は章題)もここから。
 同時進行したジョージ・アンタイルの楽曲も同名。
 坂本龍一に同名曲あり。
 なんらかのアニメにもそういう回があるらしいんですが、知りません。御免なさい。

 日本SFネタがてんこ盛りのドラマらしいので、まあ拙著も踏まえてはくださってるんでしょう。有り難いことでもあるし、そういうユーモアは好きですね。
 遂にキムタクと共演か。それは違いますね。御免なさい。

 Wikipediaでの僕への嫌がらせが流行っていた時期、愚かな人がアンタイルの項の同タイトルを「バレエ・メカニーク」と改悪してしまい、ハイパーリンクが効かないという悲しい現象が起きています。存在しない邦題を捏造するなんて世間への迷惑でしかないし、そもそもフランス人が発音しても「バレエ・メカニック」なので、どなたか直してくださると嬉しい。


追記;
 本人が直してくれるそうなので「愚かな人」を撤回します。
 

まぼろし百貨店続報

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月14日(月)03時43分28秒
   朗読とクラシック歌唱が内定しました。どちらも抜群に上手いです。「上手い」ということの素晴らしさ、共に過ごす時間の上等さを、じんわりと堪能させてくれます。
 まぼろし百貨店、うまく運びそうです。

 ハーモニカやマンドリンといったマイナー楽器(笑)のパフォーマンスも腹案しています。ギター弾き語りでとても詞が良い青年の存在も知りましたので、打診してみたく思っています。
 フラに自信のある方とかおられないでしょうか? あるいは二胡や馬頭琴。ぜひご連絡を。
 身体パフォーマンスや話芸も、ライヴァルが少ないぶんハードルが低いとは申せましょう。
 先日、あるパブでケルト音楽を演っているサークルに接しました。楽器は物珍しいのでお客は「おおっ」となるのですが、僕は詳しいだけにそのステージマナーのずるずるぶりが不快で、早々に店を出てしまいました。そういう内輪のノリの押付けに、僕は厳しいところがあります。

 知人だけでブッキングを埋めることも、それこそ僕だけが手を替え品を替え全ステージこなすことも可能なのですが、せっかくの機会ですから未知の才能と出会いたく思っています。
 お金のためにやるわけじゃないので、店に対しては「好き勝手にやらせてもらう」態度を貫きます。
 これ、特記しといたほうがいいのかも。僕はノーギャラです。家の機材を持ち出すぶん損かも。でも、いいんです。僕はこういうのが楽しいから。

 決まったブッキングは、このBBSでリストとして公表していきます。
 気難しいイメージのある、そしてじっさい気難しい津原なわけですが、あんがい優しい面もあります。
 取って食おうってんではないので、勇気をもって応募してみてください。
 ご連絡は、このBBSをスクロールした最下部「管理者へメール」から。
 

津原泰水のまぼろし百貨店

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年10月11日(金)15時44分36秒
編集済
   重要な告知です。
 鳥井賀句さんの新宿「ソウルキッチン」にて、来年一年間、偶数月の第三土曜日に「津原泰水のまぼろし百貨店」というイヴェントを行うことが、さっき決定しました。
 毎回3組程度の、僕が面白いと思うアーティストや芸人に出演してもらい、最後は津原泰水(ソロ)かラヂオデパート(バンド編成)のライヴと相成ります。いや最後とは限らないな。構成上、ほかの方にトリをお願いするかもしれません。

 二十人でほぼ一杯という狭い空間ながら、かつての戸川昌子経営による「青い部屋」の、探偵小説の発端めいた空気感を再現できたら、と願っています。
 出演者の候補はあるていど頭にあるものの、早々にネタが切れること必至ですので、一般からも広く募集します。
 バンド、弾き語り、ギターソロ・パフォーマンス、ピアノ独奏、民俗楽器独奏(合奏)、ウクレレサークル、手品、寸劇、人形操り、朗読、落語、講談、漫才、パントマイム、ストリップ(合法内)……ジャンルは問いません。

 ドラムを置けない店ですので、ロックバンドはカホンやボンゴを使った「アンプラグト」にてお願いします。ギターアンプとベースアンプはあります(小さいので覚悟してください。でも店の規模には見合っています)。ライン出しも可能というか、そちらのほうが音は良いです。ジャズでしたら、ピアノとサックスだけ、あとせいぜいベース、くらいが現実的です。ステージに乗れるのは三人とお考えください。

 クラシック、ジャズ、シャンソン、日本民謡、各国の民俗音楽……音楽ジャンルによる差別、キャリアによる差別、年齢差別は絶対にしません。路上でしか演奏したことのない人も歓迎しますが、好きなタイミングで立ち去れないお客さんのことを考えてくださることが必須条件です。
 演奏が下手でも「詞が面白いから」出ていただくこと等、大いにありえますが、どんなに可愛くても凛々しくても、既存のカラオケトラックに合わせて歌うだけというのは、JASRACが飛び込んでくるので駄目です。自分が作ったオケに合わせて……は、トータルのクオリティで評価させてください。

 他のパフォーマンスですが、僕が「面白い」「凄い」「他の人にも見せたい(聞かせたい)」と感じることだけが出演条件で、僕がイマイチだと感じても賀句さんはOKだから別の日に、という可能性も大いにあります。更なるセイフティネットの企画もあります。
 僕らの好みに合わせる器用さよりも、「これがいま出来る最上のことです」という意気込みを評価します。

 出演時間は、二十分から三十分を目安としてください。集客は五人を目標にして友達や理解者を呼んでください。結果として無理でもペナルティはありませんが、努力は報われます。集客が不可能な地方の方については配慮します。賀句さんのポリシーにより、アーティストの金銭的な負担はミニマムです。旧「青い部屋」とソウルキッチンほど金銭的に楽なハコを、僕は知りません。ていうか儲かることが多い。
 たった二十人のハコで演ることに意味があるのかと失笑なさっている方は、メジャーのオーディションを受けられたほうがいいです。
 自分のパフォーマンスの録画録音、YouTube等での発表は自由です。それを素晴しい機会と思われるか、無駄と思われるかが、判断の分かれ目だと思います。

 このBBSのいちばん下に、「管理者へメール」というラジオボタンがあります。
 メールは僕に直送されます。
 貴方のパフォーマンスを確認できるURLを、メール内に示しておいてください。「作った音源(やパフォーマンスの映像)はあるんだけどウェブには上げていない」という方は、とりあえずそれくらいの作業はやってからメールしてください。このBBSを読めるということはネット環境はあるわけですから。ファイルのタイプによって(常識的サイズの音声や画像など)は、津原への直送でも構いませんが。
「これは出てほしい」という場合はすぐさま返信します。「ここを変えてくれたら」という条件付きのメールも考えられます。
 保留の場合は、返事に時間がかかります。賀句さんと相談していると思ってください。

 堅い文言を並べてしまいましたが、来年二月四月六月八月十月そして十二月の、第三土曜日「津原泰水のまぼろし百貨店」は面白いらしい、と一般の方にふらりと足を運んでいただくことが最大の目標です。厳しさと緩さが共存する世界です。ご理解ください。願わくば「語りぐさ」を共有しましょう。
 ソウルキッチンのURLは、なぜかTeaCupの仕様にて弾かれてしまいますので、「ソウルキッチン 新宿」で検索してください。
 新宿区役所の隣のビルという、異様なほどの好ロケーションです。JR新宿駅からゆっくり歩いて五分もかからず。
 

唐突にライヴのお知らせ

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月27日(金)13時17分57秒
   鳥井賀句さんのソウルキッチン@新宿で、10/2(水)、急遽歌うことになりました。
 オーディション枠(笑)につき、とりあえずソロ(歌とギター)で臨みます。
 今さらオーディションとはどういうこったと思っていましたら、エントリーに俺しかいないじゃん!
 ほかに人がいなかったら、ま、長めに演ります。

 なぜかURLがTeaCupに弾かれてしまうので、「ソウルキッチン 新宿」で検索してみてください。
 午後7:30スタートで、出演順はジャンケン……。

 キャパは25名マックス。最近はこういう店が増えているようですが、何人くらい呼べばいいんだか分かんねえ。
 新宿区役所の隣のビルです。
 あと賀句さんの料理(特にカレー)は旨いです。

 考えてみたら、物凄く久し振りのライヴです。去年は倒れちゃったからね。
 内輪の集まりではありませんし、チャージも安い(千円)ので、お暇でしたら遊びにいらしてください。そして遠慮なくお声掛けください。
 楽しく飲みましょう。
 

再見

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月14日(土)07時23分26秒
   中国語の「さようなら」ではなく、再び『風立ちぬ』を観たのである。自分が思い込みによってデマを流していないかどうか、確認するために。
 初回は予備知識もなくパンフレットすら買わず、むろん手許に資料もなく、これまでここに記してきたことは、ほぼ記憶だけに頼っていた(戦闘機の開発に関しては、さすがにウェブで何重にも確認した)。そもそも複数の人から「『風立ちぬ』を観てほしい」と云われてきたのは、ある種のことに対する僕の特殊な記憶力に期待して、だったようだ。子供の頃から、いったん興味をいだいた事物に対しては、えらく細かく憶えているのである。

 二度めの雑感だが、まず記憶していたとおりの映画でほっとした。
 今回はパンフレットを購入した。幾つか聞き違いによる誤記が判明したので、これまでの記述を推敲した。
 パンフレットの懇切さに感嘆した。地図や年表まで含んで、僕が懸命に語ってきたあれこれが瞭然としているではないか。
 しかしここにもフォークロアの種が潜んでいた。
 ほぼ巻頭に宮崎駿の企画書が引用されており、そこにはこうある。「後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に」。

 早々に映画館に足を運んでパンフレットを読みながら上映開始を待っていた人たちにはなんのこっちゃだが、僕にとってはまさしく推理小説で、なんと最大級のデマゴーグは宮崎氏とジブリが公式に認めたパンフレットだったのだ。
 記憶される性能という意味に於いて、言葉はじつに強い。人の記憶を見事に上書きしてしまう。
 映像や音声、ましてや嗅覚や痛覚にまつわる記憶など、ぶっ飛ばされる。たとえ虚偽をひろめたかどで法廷に立たされたとて、こう云えば勝てる。「だって宮崎監督自身が書いてんですよ、後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、と」

 映画監督の最大の仕事は、スポンサーとの折衝だと云われている。そのためのツールが企画書だ。撮りたいものを正直に記したとしよう。
「後に神話と化した九試単座の誕生をたて糸に」……「は?」で終わる。
「大失敗に終わった七試艦上の誕生をたて糸に」……論外。
 たいして描く気はなくとも「ゼロ戦」という強い言葉を援用する必要が、宮崎氏にはあったわけだ。
 いや、その時点では描く気満々だったのかもしれない。戦地から三菱に、零戦の華々しい戦果の報告が届く。万歳三唱する二郎と同僚たち……うん、それは無いな。美学としてありえない。そんな奴らは技術屋でも芸術家でも、むろん武士でも日本男児でもない。敵の善戰を「南無……」と拝むのがぎりぎりだが、そういうのは梶原一騎がやるべき仕事であって、ジブリアニメだと思って彼女や娘と観にいったら、必ずや何かがそこで終わるぞ。無い。

 要するに方便としての企画書を披露した宮崎氏は、親切すぎたか、もしくは予想される反発へのトラップを仕掛けたのである。
 後者だとすれば、まんまと引っ掛かった人々がいたということになる。試写のプレスシートにも同じ文言があったとしたら、まさに「馬鹿と居眠り発見器」ではないか。
 僕は前者とのハイブリッド説をとる。「企画書載せるの? いいよ。でも知らないよ」ってな感じの。天才というのは一面計算高く、一面抜作だと思っているので。

 この度の鑑賞でも、あとで気付いて、ヴィデオのように再現できないもどかしさにかられた部分があった。それこそ岡田斗司夫あたりが憶えてくれていないものか。
 二郎は、菜穂子を好きになったタイミングについて彼女に、「貴方が帽子をとってくれたときから」と云っていたような気がするのだ。
 本当にそうだとしたら、菜穂子は「少女のころ二郎の帽子を掴まえたときから」と解釈し、二郎は「ついこのあいだ泉の前で帽子を脱いでくれたときから」のつもりに過ぎなかったという、見事なダブルミーニングになる。
 作品を豊かにする方向でのフォークロアを非礼とは思わないものの、幻聴だったら申し訳ない。人の感覚とはかくも危ういのである。

 もう一つの発見。「カストルプ」は、『魔の山』にやたら言及する変な外人に、二郎と菜穂子が勝手に付けたニックネームだ。
 その名は、二郎から菜穂子への手紙にしか出てこない。彼がそう名乗っていたわけではないのだ。
 そりゃそうだ。二郎はトーマス・マンを読んでいる。『魔の山』に言及する人が「カストルプです」と名乗れば、一瞬にして偽名だと気付いて怪しむ。
『四谷怪談』に詳しい女が「名前? お岩です」と名乗るようなものだもの。
 

毛の二本め

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月13日(金)08時53分39秒
編集済
   行き掛り上、もう一人のデマゴーグも挙げておく。宇野常寛。
 元はラジオ番組のようだ。YouTubeにある音声からの書き起こしだが、

>奇しくも本位じゃないんだけど、ゼロ戦という戦争の道具を開発してしまう。
>そしてその一方で、なんかこう運命的な出会いをした菜穂子というヒロインがね、いて、彼女と大恋愛して結婚するんだけど結核で早死にしちゃうという、そういうストーリィなんですけど。

 と、やはり"存在しない『風立ちぬ』"を語っている。存在しない場面語り、前後関係の出鱈目さと、まるで酒席の放言である。
 ときおりウェブで名前を見掛ける人物だが、正直、彼の弁は「特高(特別高等警察)に追われる=(主人公の)戦争反対」だったりで、僕にはさっぱりと理解しかねた。「特高に追われる」はもちろん「共産党員の嫌疑がかかる」を意味するはず。物語の背景から云って、宇野氏の云う「戦争」とは満州事変もしくは近未来の日華事変であり、すると『風立ちぬ』は「日本による中国侵攻を防ごうとする共産党員の話」になってしまう。
 また新しい物語が誕生した。

 どんな人かといちおうWikipediaで調べてみて、身長と体重は分かった(笑)。なんでそんなものが載っているのだ。
 堀辰雄、江藤淳、村上春樹、宮崎駿という「有名な男性」という以外にほぼ共通項が見当らない人々を、戦後左翼マッチョとして一括りにする必要も、その理由も、語られていないからさっぱりなのだが、ま、ここではあくまで"存在しない『風立ちぬ』"のフォークロアを追いたい。

 複合型のデマかな、と思う。
 我田引水の意思ありきで映画館に出向き、予定していた『風立ちぬ』を幻視し、歴史観がいい加減なものだから訂正もされず、そのままメディアで喋ってしまった、といったところか。
 宇野氏の功績は、「ある層が観たかった『風立ちぬ』」を顕在化させたことだと思う。
「サヨクの宮崎がゼロ戦を撮れば、自己矛盾に陥って失敗する。これから失敗作に金を払ってやるのだ、有り難く思え」といった不思議な意気込みで映画館に出向き、「あ、違った」という瞬間には片目を瞑って、そのまま館を後にする。粋がった若者が友人に「観たけどさ、くっそつまんなかったよ」と語るような調子で、お友達感覚のメディアに対してそうしてしまう。喋っているうちに代替記憶が強まってきて、零戦開発秘話、大恋愛、献身するヒロイン、といった存在しない枝葉が生じてしまう。

 むかし蓮實重彦に心酔している友人が、彼が語っている映画を苦労のすえ「遂に」観て、取り上げられている場面が存在しなかったと愕然としていたことがある。
 ヴィデオもDVDも普及していない時代には、そういうことが多々あった。今は誉めるにしても貶すにしても「確認されてしまうから」通用しないと思っていたのだが、小学校の廊下でもウェブ上でも情報のデマ比は変わらないようだ。
 宇野氏の昭和人叩きが、そのまま昭和的であるというのが、「口裂け女」の進化を追っているようで僕には面白かった。ポマード、ポマード。

 そうそう、リヒャルト・ゾルゲがよく分からないというツイートを見掛けたので、ざっくりと説明しておく。
 ドイツ人とソ連人のハーフとして生まれた、世紀の大スパイである。ドイツ人として行動していた共産主義者で、中国や日本に大諜報網を獲得、各国共産党に貢献。
 本物の来日時期から云っても「あの人物」はゾルゲと思われるが、当時特高に追われていたということはないと思う。そこは「ゾルゲですよ」と示すためのフィクション。
 1941年、日本で大勢の仲間と共に逮捕され(ゾルゲ事件)、1944年、死刑執行。
 フルシチョフ後のソ連では英雄視された。今はどうなんだろう?

 話変わって、イラストレイターの中島梨絵さんが「『風立ちぬ』でいちばん良かった」のは庵野氏の声で、泣きそうになったのは『紅の豚』を踏まえたラストだったそうだ。さすが才媛のコメントには味がある。庵野声が天才声としてもて囃される時代は間近と感じる。

 今回の締めは眼鏡。
 二郎が修羅場に動じないのは、周囲がよく見えていないからじゃないかと中島さんに話したところ、「なんで本に火が迫ってんのに絵葉書見てんのやろと思ってました」と大いに驚かれ、納得された。中島さんは視力がよく、僕の行動もしばしば「なんでこの人……」だったらしい。
 二郎や同僚の多くが掛けているのは通称ロイド眼鏡。三大喜劇王の一人ハロルド・ロイド(あとはチャプリンとキートン)が掛けていたことから世界的に流行したスタイルで、必ずしも昔の眼鏡だから真ん円だったり大きかったりするんではない。ファッションなのだ。
 ロイドのトレイドマークはカンカン帽と眼鏡、チャールズ・チャプリンは云うまでもなく山高帽とちょび髭、そしてバスター・キートンのトレイドマークは平たいポークパイ帽と「決して笑わないこと」だった。三人三様に人気がありハンサムでもあり、眼鏡男子が自己投影できるのは消去法的にロイドだった。
 少女の菜穂子と出会う列車の場面で、二郎はハロルド・ロイドそのもののファッションである。
 

尻尾の先の毛

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月12日(木)14時28分53秒
編集済
   しつこくてすまん。
 僕は決してデマゴーグを糾弾したいのではなく、"存在しない『風立ちぬ』"というフォークロアが面白いのだ。
 岡田斗司夫に関しては「観ていなかった」で納得がいくのだが、「観た」身分もあれば教養もある知識人たちはなぜ「零戦開発秘話」を強弁したのか?
 前稿に並べた原因以外を、それから考えてみた。

・映像に悪酔いした。
 夢想と現実を行き来する構成、しかも圧倒的な作画ゆえに、目の前の映像が現実感を失い、予め想像していた『風立ちぬ』が記憶として優先されてしまった。
 この説にはけっこう自信がある。と云うのも、僕自身が"存在しない『○○』"をよく批判されるからだ。これは僕の積年の作品テーマであるのだが、どうも「人は見たいものしか見えない」らしい。初めて南洋のカラフルな魚たちを目にした西欧人は、プロの画家でさえ、存在しない髭や鋲をスケッチに描き込んでしまった。あまりの映像的ショックに、アナロジーに頼ってしか筆が動かなかったものだ。
 言語にもこの現象は容易く起きる。むかし新聞のテレビ番組表に「ハリウッドSFXの世界」が「ハリウッドSEXの世界」と誤記されたことがあった。どこかの誰かが「読みたいもの」を読んでしまったわけだ。
 ましてや『風立ちぬ』の二郎は、「見たいものが視えてしまう」人物である。ここに奇妙な共振が生じたのではないか?

・零戦開発秘話ということにしてしまえば救済される。
 これは陰謀論に近い。それにしても天才が天才の物語を圧倒的な技術と根性をもって完成させてしまったのだから、はっきり云って凡人は取り残される。
 最も取り残され感をおぼえるのは、天才に近付いた気になっていた秀才である。もう記録は出せないだろうと思われていた戦中生まれの老人が、いざ「子供向き」の枷を外されたら世界記録で駆け抜けてしまったのだから、それはもう愕然となる。
 この記録を帳消しにするには、ドーピングを指摘するほかない。「零戦開発秘話」という、いかにもテレビにでも前例がありそうな言葉を結び付けてしまえば、宮崎氏自身からは無理としても、スタッフの誰かが元ネタの一つも披露するのではないか。そういった期待を込め、悪意のキャッチコピーを付与したという説。
 だとしたら、そういう人たちの著作はたぶんドーピングの産物なので、ま、読む価値はないかな。

 非常に優れた読解を、早い段階で発表しているサイトを見つけた。筆者のプロフィールが分からない。プロとしか思えない。
http://karons.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-e65c.html

 とりわけ菜穂子が帰った「山」はサナトリウムなのか? という考察には舌を巻いた。そう、二郎と菜穂子が再会した軽井沢も、カストルプ(中身はゾルゲだと僕が指摘している人物)によって「ここは(魔の)山」と呼ばれていた。
 菜穂子が死んだことは間違いないので、彼女が死に場所を求めたとしたら、むしろ懐かしのホテルである。二郎はサナトリウムへと彼女を追ったがその姿はなく、後日、彼女は軽井沢のあの泉の前で息を引き取っていた……という、描かれなかった場面がここに類推される。つまり二郎は彼女の謎かけに正答できなかったのではないか?
 二郎と菜穂子の恋愛の機微に関しては、正直、あまり触れたくない。仕事と被りすぎていて、気休めにならない。菜穂子が一貫して二郎を「誘う存在」であったことは指摘できるし、女性の多くが頷いてくださるだろう。拙著『赤い竪琴』をディフェンディング・ボクシングと評されたブロガーがいたが、そんな感じの場面が多々ある。泉の前で、なぜ菜穂子は泣いたのか? 彼の心が未だお絹の面影に囚われていることを確信していたからだ。「私は病気だから告白できないのよ」では、あとの流れと矛盾する。
 更に云えば、菜穂子は人工美に対して雑、言葉を変えれば野性味に満ちた人である。彼女の絵が雨に濡れたのを気に病んでいるのは二郎のほうで、彼女は「記念に取っておきます」で済ませてしまう。「もののけ」なのだ。
 宮崎氏が優れた恋愛作家であることは間違いない。歌舞伎の女形が女より女らしいように、女の「型」から入って逆ルートでその心理分析へと至り、フェイクだからこそ計算尽くの(女性にとっての)理想型を演じる技術が身に付いていなければ、できる芸当ではない。

 今回の締めはシベリアについて。地名ではなくてカステラにあんこや羊羹を挟んだ、あの変なお菓子だ。
 貧しい姉弟は、二郎が施そうとしたそれを拒絶する。三角形だったからだと僕は見る。社会のピラミッド構造の象徴が、あのシベリアだ。
 予定外の物が写り込んでしまいかねない実写とは違い、アニメの小道具は一から描くのだから、「適当にシベリアでいいか」はあり得ない。
 考え過ぎと笑われそうだが、あそこまで隅々まで緊張感に満ちた作品で、やっぱり「適当にシベリア」「懐かしいからシベリア」は無いと思うのだ。
 

尻尾の尻尾

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月12日(木)02時45分47秒
編集済
   もはや連載化してきた。新書にでもしたろか。
 しかしこのBBSの悪戯書きですら、今の新書市場には難しすぎるとも云われている。よくブログと誤記されるのだが、昔は数日で流れて消えてしまっていた、BBS遊びに過ぎない。

 それにしても『風立ちぬ』が零戦開発の映画だというデマは、どこから流れたのか?
「のちにそれを開発する人がモデルの一人」というのと、「特定の開発を描いた話」とでは、別物すぎる。
 まさかジブリが誤報を流したとは思えず、だいいちポスターに登場しているのも九試単座戦闘機である。
 九試単座も戦闘機なのだから「似たようなもの」という大雑把な人もいるんだろうが、多く、あの翼の逆ガルを眼前にすれば「これを飛ばしたの? 戦前に?」とだいぶ違う印象をいだくんじゃなかろうか。今の目から見ても、あたかも未来の乗物だ。

 と思って頑張って検索してみたら、デマを流した一人は、これは書いてしまっていいだろう、岡田斗司夫であった。映画を観ていない状態で。
 ローカルの東京メトロポリタンとはいえ、テレビで流してしまったのだから罪深い。サイトに書き起こされていた。

>あと零戦、いわゆるゼロ式艦上戦闘機を開発する話だから、戦争の人殺しの道具を作る話なんですよ。

※直後の付記:実際に鑑賞したあとは絶賛に転じられたとの報。変に見直した。人間臭くて宜しい。
 しかも「本当に二郎が好きだったのは女中のお絹」とも読み解き、指摘しているという。偉い。

 もう一人は、これもプロの、しかも映画批評家だから名前を記す。「超映画批評」の前田有一。
 40点/100点満点と手厳しい評価をくだした同サイトにこうある。

>次にアクション面だが、名うての反戦主義者である宮﨑監督には、もともとゼロ戦が戦争で活躍する様子を爽快感たっぷりに描くことは、気持ちの上でできない。なにしろ彼が描けば飛行シーンは例外なく爽快になってしまうのだから、ゼロ戦の飛行シーンは封印せざるをえない。これは、宮崎アニメ最大の武器を封印されたようなもの。
>ゼロ戦の開発秘話だというのにゼロ戦の活躍場面を描けない。

 この人は映画を観たうえで「ゼロ戦の開発秘話」だと主張している。いかに飛行機に興味がない人でも、零戦と九試の区別がつかないとは考えにくいのだが……寝てました?
 少なくとも時代背景は理解していない。

 まだ居た。藤原帰一という人が毎日jpに書いている。

>堀辰雄『風立ちぬ』と『菜穂子』を下敷きにした純愛物語に、ゼロ戦として知られる戦闘機の制作秘話を重ね合わせたお話です。
>菜穂子の限られた命と競い合うようにゼロ戦開発を急ぐ二郎の日々が始まります。

 そのうえでこの映画を「子供っぽい」と評している。どっちがですか。しかも「制作」なんて書いちゃってるし。
 なんとこの人物、東大大学院の教授であり、戦争にまつわる著書多数。
 だんだん、俺が観たのは別の面白い映画だったんじゃないかという気すらしてきたが、そうではなかったとして、映画評論や政治学のプロが『風立ちぬ』を観ていながらデマを流してしまった理由を、僕は今のところ三つしか思い付かない。どれも信じられないのだが……。

・「ゼロ戦」という言葉を、国産戦闘機の総称だと信じている。
・満州事変、日華事変、太平洋(大東亜)戦争の区別がついていない。
・映画館で寝ていた。

 岡田氏の例から云っても、偶然(?)多くの知識人が『風立ちぬ』叩きを準備していたのは確かだ。宮崎叩きは仕事として「美味しい」のだろう。
 堀越二郎をグーグルで調べるくらいのことはしたのだと思う。そしてゼロ戦という単語以外は頭に残らなかった……。
 ところが封切られた映画は、関東大震災の前から昭和十年まで(あとは戦後からの回想というか幻想)と、現代史的には「渋い」時代を背景にしていた(僕も村山槐多のファンだったり『琉璃玉の耳輪』をものしていなければ、こうも精しくはなかったろう)。
 よって、準備していた叩きのロジックが破綻してしまったものである。

 若き技術者たちによる勉強会で、二郎が画期的技術とその数値を語り、「機関銃を載せなかった場合の話」と周囲を笑わせる場面がある。
 スポンサーたる軍の前では口が裂けても云えないが、載せたくないのである。彼らはただ「翔ばしたい」のだと、明瞭すぎるほどに明示されている。
 僕の世間は狭いものでまさに寡聞ながら、『風立ちぬ』は作家や編輯者には評判がよく、批評家には攻撃される傾向があるような気がする。
 僕だって、自分の書いた作品によって読者に絶望され自殺でもされたら、もちろん厭だ。陰気な作品はそうなりかねないというのではなく、たんに上出来だからと絶望されたりもするから厄介だ。幸福な話を書けば「自分の現実はこうではない」とまた誰かに絶望される。
 根本的な回避策は、下手に書くことだ。本来相手にされないような代物を、せいぜい宣伝力で売ることだ。
 技術屋にはそれができない。

 色眼鏡で読まれたくないのでこれまで書かなかったが、僕の亡父は堀越二郎と同じく三菱重工の社員だった。
 しかもエンジニアなので、映画に出てくる計算尺などの小道具は、家にごろごろとあった。線引き定規の代わりに使っていたものだ。数字だらけのノートもたくさん残っている。
 時代も土地も違うから兵器の開発には携わらなかったはずだが、彼の設計が間接的に人を殺したことが、無かったとは云いきれない。もしや何々に転用されて……という空恐ろしい想いは、幾度となく彼の脳裡に閃いたはずだ。しかし技術屋は手を抜けない。
 若いころ「会社に入って、正直なところどうだったか」と父に訊いた。彼は腹を括ったように「楽しかったのは最初の十年。あとはお前たちのために働いてきた」と答えた。
「創造的人生の持ち時間は十年」というカブローニの科白に、はっとなった。幻聴かと思ったくらいだ。
 もしかしたら三菱重工では、伝統的に云い交わされてきた決り文句なのかもしれない。

 堀越二郎は1903年生まれ。カプローニの科白を真に受けるならば、零戦設計時、その創造的な期間はすでに終わっている。
 どこから起算するかにも依るけれど。
 

備忘録の尻尾

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月11日(水)13時13分33秒
編集済
   宮崎アニメに喧嘩を売って名を上げようだとか、無関係な文脈に繋げて自己宣伝しようといった意図が透けて見える『風立ちぬ』批判より、きゃりーぱみゅぱみゅの「面白かった」というだけのツイートのほうが賢く見えるのは皮肉である。いや、実際に賢いのか。
「主人公に共感できない」は批評として論外。「このカメラ、私がブスに写る」と云っているに等しい。「批評ではなく感想です」と云われたらそれまでだが、僕は掃除機にもキッチンタイマーにも共感したことはないし、それをわざわざ公表したこともない。不便だったら「自分の選択眼が甘かった」と思うのみである。

 噴飯しかけたのは学歴を誇っている自称メディア学者(女性)の、ラストの献詞が夫に献身した菜穂子に対してではないという噛み付き。この人は堀辰雄を知らないし、映画の趣旨も「実際に観てすら」勘違いしているか居眠りしていたと知れる。作中人物に感謝を捧げてどうするんだ? そんな阿呆な映画がありますか。
 しかも菜穂子は二郎の夢に献身していない。ちょっと誤解を招きかねない言い方だが、その短い結婚生活は、夫の上司の家の離れで、夫の帰りを寝て待っているだけというものである。むろん重病だから仕方がない。幾重にもつらかったことだろう。とまれ、人を恋い慕うことを献身とは云わない。
 メディア学者(そんな職業があったとは)女史は、当時の結核が、いま目の前で肺出血で死んでも不思議はない、通常は隔離され死を待たされるのみの病であったこともご存じないようだ。二郎に許されたのは、遠方でのつらい(そして見込みのない)治療を強いるか、手許で看取るか、の二択だった。菜穂子は結婚前に喀血している。中身はぼろぼろなのだ。それを手許に置くという判断はもちろん感染の危険を伴う。しかし二郎は菜穂子へのキスさえ厭わない。

 堀越二郎は零戦設計者だが、映画は零戦開発秘話ではない。二郎が最も自信をいだいていた設計が、主翼が逆ガル型の九試単座戦闘機であったことは、作中に執拗なほど示されている。ガルは鴎のこと。この飛行機は、たしかにとても美しい。
 設計者としての二郎にとっての零戦は、ずいぶん後年の妥協の産物だ。幻のカブローニはそれでも優しく、その美を称える。
 理不尽な目的のため、無数の奴隷の命を吸って出来上がった、数多くのピラミッド。この巧妙な喩えに舌を巻いた。それが有る世界を自分は選んだとカブローニは語る。いまピラミッドを人類の負の遺産と認識している人が、いったいどれほど居ることだろう?
 それは俺、といま思ったが、話を戻して、堀越二郎(現物)は戦後、YS-11の設計に携わる。宿願の、武器ではなく人を運ぶ飛行機。この超名機はそれから四十年以上、世界中の空を翔び続ける(自衛隊機としては現役)。

「(戦闘機映画なのに)空襲が描かれていない」という批判だとか、本当に訳が分からない。中学の卒業証書すら怪しい「知識人」が跳梁跋扈しているのだな。
 九試単座の完成は1935年、零戦の完成は皇紀2600年(だからゼロ戦という。1940年)、そして日本本土への空襲は1944年から。小学生が人の親になるくらいの時間が、ここに経過している。日本が舞台なのに忍者が登場しないと文句を云っているようなもんである。

 菜穂子の断髪から、当時の風俗を読み解いた評には、なかなか感心した。
 ただし、もはや断髪=モダンガールという時代でもない。浅草や銀座に遊ぶ最先端の女性たちには、パーマネント・ウェイヴや脱色がとっくに浸透している。
 実際に堀越二郎が愛用したパナマ帽が、作中に登場すると紹介しているサイトを見掛けたが、どうも記憶にない。夏の避暑地で二郎が被っていたのは、宮崎氏が日ごろ愛用している(目撃経験あり)綿帽子に近い物。六枚接ぎ。
 堀越氏愛用のパナマ(現物)は「筋入り」と呼ばれるトラディショナルな形で、やろうと思えば畳んでくるくると巻き、懐やポケットに仕舞うことができる(痛むからお勧めはしない)。細かな網目から、相当な高級品であると分かる。焼けが少ないから晩年のものだと思われ、またツバが狭いので国産品と思しいが(日本人がボルサリーノなど被ると、帽子がやたら大きく、いきおい背が低く見えてしまう)、今の金銭感覚で七万から十万円クラスの品物だと思う。

   ***

 突然ですが、いま新しいコミックビームが届きまして。
 宮崎駿が試写で泣いたとは、たぶん別の意味で泣いてしまいました。
 もはや完全に近藤ようこの作品です。美しい。
 

『風立ちぬ』を観た

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月10日(火)10時13分20秒
編集済
   宮崎駿『風立ちぬ』を鑑賞。備忘録として幾つか。

・天才の心象風景をそのまま映像化することに成功している。
 この天才とは、まず宮崎氏本人である。

・モネ等の名画オマージュが取り沙汰されているが、心象の草原など過去自作を踏まえた場面、無数。

・"節度に満ちた"自己肯定の物語である。
 若いクリエイターたちに対する呪詛を多く含む。「創造的人生の持ち時間は十年」等。

・基本的に『未来少年コナン』のリメイクである。
 大震災前の日本は"残され島"であり、主人公の妻となる菜穂子は限りなく"ラナ"に似ている。アジサシと戯れる(対話できる)"ラナ"、紙飛行機と戯れる(対話したうえで、夫となる人を支えんと決意する)菜穂子。なぜ誰も指摘しないのか不思議なほど。
 キスシーン多数。恐らく宮崎氏が携わったアニメで最初のキスシーンも"コナン"と"ラナ"。

・"ペッピーノ"や"ダイス船長"の役回りをカプローニが担っているのは云うまでもないが、宮崎アニメに不可欠な"レプカ"顔("伯爵"顔)を、なんと義理の父親に振り分けている。スターシステムであり、名悪役への花道と思われる。父性と異物たる青年の対立。異物"ルパン"に肩入れする"クラリス"の縮図。お見事。
 これまた常連の、予言者たる"魔女"は、リヒャルト・ゾルゲを思わせる人物が担っている。手持ちのドイツ煙草が無くなったと零すあたり、たぶんドイツ人ではない(当時の、そして世界初の禁煙運動はアドルフ・ヒトラーの提唱による。煙草と肺癌の関連を「発見」し喧伝したのもナチス・ドイツ)。
 場面が短く彼が去っていくときの自動車をよく確認できなかったが、そこにヒントが隠されている可能性あり。

 さっき気付いた! ドイツ人ぶっているくせに、その象徴たるソーセージではなく「付合せ」のクレソンばかり食っている。しかも喫煙者。
 内なるナチス嫌悪、しかし立場上、すでに軽井沢のホテルでは間違いなく出していたであろうボルシチやピロシキは頼めない。ゾルゲである。

・偶然ながら時代背景が「琉璃玉の耳輪」と完全に被っている。同一の資料に準拠していると思われる描写多し。というより、あまりに何も彼もが関東大震災や空襲で焼失してしまい、ほかには準拠できないのである。
 やられたと思ったし、自信も得た。

・煙草の描写は問題にするほど多くない。"ジムシー"の好物が"タバタバ"だった時代を思えば控え目。

・服装の描写は正確きわまりない。アニメ独特の塗り色以外に突っ込みどころがない。敢えて、敢えて云うなら、避暑地での主人公がポロシャツ風なものを着ていることに違和感をおぼえたくらいか。被りの綿シャツにしてはボタンが少なかったような気がする。しかしポロシャツ(当時はテニスシャツ)が早々に輸入されていた可能性も、ないではない。
 帽子の描写多数。それが持ち主の居所を示す。よって帽子を被って家を出ていくと「去るのだ」と知れる。
 ちなみに菜穂子がサナトリウムで受けていたのは「外気浴」治療。今となっては虚しい対症療法。

・庵野秀明のアテレコは素人臭いけれど、身構えていたほど非道くはなかった。
 プロと素人の大きな差はサ行やザ行に顕れる。今はディエッサー処理などでその人独特の癖を抑えることができる。しょせんコンピュータ処理した音声なのだし、ついでに主人公が若い頃の科白は僅かにピッチを上げるなどの対処もできなかったのかと、個人的には思う。もしかしたら「あとでリマスターできる」という思想なのかもしれない。

・劇中の音楽が素晴しい。ただしエンドロールでの荒井由美は……これもまた控え目な自己肯定なのだろう。

・類する映画は少ないが、僕が想起したのはエルンスト・ルビッチの最終作にして唯一のカラー映画『天国は待ってくれる』。自伝にして破天荒なコメディ。
 宮崎氏の長篇アニメ引退宣言が、本気なのだと知れる。
 いちおう識者たちの感想を確認してみたが、知能指数を誇っているタイプほど「観る」ことをせず予備知識で斬ろうとしていて、いかにヨーロッパ映画を観ていないかが瞭然。こいつの本は読む価値なしと感じた人、数名。リトマス試験紙。

 百年残る傑作である。


追記:先刻、読者からのメールにより本来構想されていたラストを知った。
 僕はどちらでも良いと思う。「生きろ」でも「無様に生きるな」でも。
 

これは面白い

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月 9日(月)03時11分55秒
編集済
   単純に面白いと思いました。辛口の、世界の国旗採点。
http://www.otago.ac.nz/philosophy/Staff/JoshParsons/flags/ratings-a.html
http://www.otago.ac.nz/philosophy/Staff/JoshParsons/flags/ratings-b.html
http://www.otago.ac.nz/philosophy/Staff/JoshParsons/flags/ratings-c.html
http://www.otago.ac.nz/philosophy/Staff/JoshParsons/flags/ratings-d.html

 これを機会に世界の国旗を憶えよう! 評価の低いスリランカとかウガンダとか、僕は「いいじゃん」と思うんですけどね。キリバスに至っては「むしろこっちにしてくれ」。部屋に飾るなら甘酸っぱいグアム。
 日章旗は……日の丸弁当に見えます。「あ、海苔が乗ってないし玉子焼きも入ってないんだ」みたいな。でも「ご飯ってよく噛むと美味しいよね」にも。

 ときに最近話題の旭日旗(放射線付き日の丸)ですが、あれはトラディショナルな図案なんで、嫌日の方々にもどうかその点、ご理解賜りたく。
 家紋の人とかどうしょうもないし。人間、生まれ直せないからさ。
 長い歴史をほこる美術やデザインを抹殺するって、ナチスみたいでハイセンスではないよ(あ、ナチスもダビデの星は残したか)。
 そのうち「*」や「米」の字や「水」の字もそう見えてくるから、神経質になられると、けっきょくお互いに困るんじゃないでしょうか。僕はとりわけ困りますね。ぜんぶ放射線状の姓名だから。
 

ありがとう返し

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月 5日(木)04時35分31秒
編集済
   弟(村田修)が僕の弟であることに驚嘆するツイートなど拝読すると、兄馬鹿とは知りつつすこし嬉しいのです。
 金子画伯やシモンさんや、萩尾さんや近藤さん、そしてクラウスさんのような本物の、せめて爪の垢でも煎じて飲ませていただけ、という感じではありますが。
 彼が飄々と出版業界の末席を汚させていただいている大きな理由として、「この人でも居られるんだから」と僕のいい加減さと厳しさの両面を眺めてきたことが大きいかと思います。デビューだ受賞だと大騒ぎしている人たちにはついぞ無い感覚であり、彼らからなにもかも毟り取る「スター誕生」商売のプロデューサーたちには、改めて唾棄するものです。身を売り、恩人を売り、素性を隠し、顔すらも変え……を命じられるのが、もはや洒落じゃないから恐ろしい。
 そしてそれらを命じている連中の多くは、ワナビなんですよ。コネコネコネばかり作ってはきたけれど、自分は未だデビューもできない。もしくは「あの人は今」。
 どんだけ実力が無いんじゃ。

 音楽活動、メンバーへの日程の打診を始めました。無駄と云われようが金になるまいが、やっぱり音楽を演り続けての津原泰水です。
 独りでもライヴができることは実証してきたものの、やっぱり僕はバンドの一員として演奏するのが好きです。
 どうあれ、演奏活動は再開します。
「津原に於けるクラウス祭」真っ直中ゆえ、クラウスさんが弾いているレノン曲なども考えているのですが、絞りきれません。ちなみにJASRACかオノ・ヨーコからお金を求められたなら、演奏一回ぶん、ちゃんと払います。このへん法のグレイゾーンにて、こっちにもどうすればいいのか分からないのです。
〈イマジン〉以外のレノンのソロ曲は意外と知られておらず、若い人に聴かせると「えええええっ、こんな名曲が!?」というのが昨今の事情です。「聴いてほしい」と率直に思います。僕に「尋ねてほしい」とも。僕はたぶん、そのために生き残っているのだから。

〈クロクロ〉の最終点検に至り、じわっと「書けた……!」という気分になってきました。
 いつも、崖を登っているか遠泳でもしているような気分です。
 寝正月ならぬ寝誕生日でした。体力の回復を待って、次に進みます。
 

おめでとうございます、どういたしまして

 投稿者:鳴原あきら  投稿日:2013年 9月 4日(水)22時49分58秒
  年をとっているという実感が年々薄くなってきているこの頃ですが
(身体の方はどうあれ頭がもっと成長するはずだと)
今年もお誕生日おめでとうございます。
 

始終臭い

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月 4日(水)07時35分58秒
編集済
   お誕生日、ありがとうございます。自己完結してみました。
 亡き父が「始終臭い歳になった」と笑っていたのを思い出します。僕は父が三十のときの子なので、あれから三十年が経ったわけです。
 当時の僕はすでにエレキベースを弾いていて、自分で云うのもなんですが地元ではすこしは知られた存在でした。楽器屋から電話がかかってきては、「津原くん、ちょっと弾いてやってほしいバンドがあるんだけど」という感じ。ピアノやギターも弾けるし楽譜も読めるので重宝だったんですね。
 音大受験には挫折していて、人生、どうしようかな……という時代でもありました。
 翌年大学に入り、ボーシンさんや今のバンドのメンバーや、師匠となる山村正夫と出会います。詩(詞)は書いていたけれど、言葉を仕事にするとはまだ夢にも思っていませんでした。

 今月はまたバンドを動かしはじめます。《クロクロ》を書き終えて、気持ちに余裕がでてきました。《ヒッキー》の次号ぶんも提出できて上機嫌です。
 カルメン・マキさんに詞を提供する約束をしていて、どうせならメロディ込みのほうがよかろうから真面目に録ってみようかと。僕は作ってきた曲数に対して録音物が異様に少ないので、いい機会かとも。
 せんじつ某駅の改札口でばったり音楽評論家の鳥井賀句さんと出会い、彼の新しい店(Soul Kitchen@新宿)で「演奏してくれよ」と云われたので、これも間違いなく演ります。

 クラウスさんの作品、じつは僕、買いました。著者ということで凄く安くしてくれましたけど。
 事情がありまして、日本の出版は欧州の出版とは印刷品位が桁違いなので、送ってくださったデータが使い物にならなかったのです。
 日本基準でスキャンするには日本に送っていただくほかなく、あちらも「津原に持っていてほしい」という雰囲気でしたので、「買ったほうが早いや」と清水の舞台で買いました。ちなみに同じタイミングで、文庫版『ブラバン』の原画も中島梨絵さんから買っております。こちらは広島の母校に寄贈しました。たぶん図書室に飾られています。
 美術品を死蔵しておく趣味などまったくないので、クラウスさんの絵も、いずれどこかに寄贈もしくは貸与すると思います。大勢の方に見ていただくのが絵にとっての幸福ですから。
 黒澤明ファンのクラウスさんに、彼がいつも被っていたのと同じ帽子(僕がよく被っているのもそうです)をお送りする所存です。銀座で今も買えます。なんだか自分へのプレゼントのような気もします。もし被ってくださったら、お揃いです。少年のように胸が躍ります。

『はだしのゲン』の十倍返し(売行き十倍)の報は痛快でした。さすが広島の星です。そう、痛めつけられても石を投げられても立ち上がるのが、ゲンです。「生きて生きて生き抜いたるんじゃ!」。彼はどれほど多くの魂を救ってきたことでしょう。
 まったく知らなかった人が「一度読んでみたい」ではなく、むかし図書館や学級文庫で読んだ人たちが「買わねば」「持たねば」と行動に出られたのが主要因かと推察します。弾圧に対する最上級のリアクションであり、右巻きの方々からは非国民呼ばわりされても仕方ない僕ですら、こういうときは「いい国に生まれたなあ」と思います。
 産経新聞が未だにこねている屁理屈に、「ネトウヨサイトからの転載かと思った」と呆れ顔のツイートを見掛けました。僕も2ちゃんねる辺りからの転載かと思って、「こういう言い種は逆効果だから」という結論かと思っていたら、そこまでが結論だったので爆笑しました。
『ゲン』を図書館に置くのだったら、『0戦はやと』『紫電改のタカ』『のらくろ』もという声には、僕も賛成です。置けば宜しい。
『紫電改のタカ』や『のらくろ』の厭戦ぶりを、たぶんご存じないのです。タカは終戦間際に無駄死にしますし、のらくろの最後の姿は職を転々とした挙句の喫茶店のマスターです。お国のために命を捧げた結果がこうか……という悲哀に満ち溢れています。
『0戦はやと』も、まあいいんじゃないでしょうか(笑)。作家の立場から云わせていただきますと、「敵を殲滅するが善」「武士道こそ善」のダブルスタンダードを、主人公を愚かに設定することによって回避しようとした作品です。ちなみに続篇で、隼人はやっぱり無駄死にしたと語られています。
 なおかつ『ゲン』の著者中沢啓治は、この作者辻なおきのアシスタントでした。戦記漫画ブームの光と陰を見つめ続けたのも、またゲンなのです。
 辻氏の名誉のため付記しますが、高い画力を誇った氏は、のちに梶原一騎と組んで超傑作『タイガーマスク』を生み出しました。ここに見られる善悪の相剋の構図は、のちの石森章太郎〈仮面ライダー〉シリーズに多大な影響を与えています。
 タイガーマスクの死は、交通事故によるものでした。孤児たちにとっての「不死身のヒーロー」たる彼は、最後の力で持っていたマスクをどぶ川に捨て、一般人の伊達直人として死にます。
 天才梶原一騎にしか描き得なかった、凄まじいラストです。それを見事に具現した辻氏の器量に脱帽します。

 そういえば梶原さんも九月四日生まれでした、という落ちです。嘘です。偶然です。
 毎日が誰かの誕生日です。ありがとう。おめでとう。
 

クラウス・フォアマン

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 9月 3日(火)04時59分39秒
編集済
   また眼鏡が増えてしまいました。読書と仕事がすこしは楽になるかな?
 今度のは、ジョン・レノンかレオナール藤田みたいな真ん円眼鏡です。存外、顔に似合ったので。
 ただし顔付きの険しさ長さが、却って目立ってしまっているような気も。

 さて、幻冬舎の公式ツイートで発表されていますが、PONTOON今月号の『ヒッキーヒッキーシェイク』より、扉イラストがクラウス・フォアマンさんの作品となっています。けっこう大きなイラストでして、その部分部分を披露していき、単行本時には全体像が明らかになる仕掛です。待ちきれない場合、毎号切り抜くかコピーをとっておいて合わせると、だんだん大きなポスターになっていきます。たぶん。

 近藤ようこさんによる『五色の舟』が始まったときも腰を抜かしたものですが、まったく人生、奇蹟のようなことが起きるものです。
 クラウス・フォアマン。ドイツ在住の画家。昔はブアマン、ボーマンとも表記されていました。
「えっ、あの?」と驚いた数人が、それぞれに別人をイメージするほど、多彩な顔を持つ人物です。
 夢のような人生を歩んでこられた方です。ついでに云うとめっちゃハンサムです。
http://www.voormann.com/

 ある人はクラウスさんを、ザ・ビートルズの発見者として記憶していることでしょう。ドイツでの修業時代の彼らの、ファン第一号です。
 すでに美大生だったクラウスさんですが、当時のうらぶれたハンブルグの下品なクラブについ立ち入り、狭いステージからのバンドのノイズに愕然とします。
 歌われていたのは〈ヒッピーヒッピーシェイク〉。これはまったくの偶然です。あとで知って驚きました。
 ファンの第二号となったのは、クラウスさんの元彼女だったアストリッド・キルヒャー。彼女はバンドのベーシスト、スチュワート・サトクリフに接近し、彼にリーゼントではない新しい髪型を与えます。マッシュルームカットです。
 クラウスさんがスチュにアストリッドを寝取られたかのように語る人がたまにいますが、それは誤解です。クラウスさんとアストリッドは「別れたけど学友」の状態、そしてクラウスさんとスチュは、美術を志す者同士、意気投合していました。
 写真科の学生だったアストリッドは、無名時代のビートルズの写真を多数残しています。

 クラウスさんとビートルズの友情は、スチュの死後、そして残りのメンバーが帰国し、大成功を収めてからも続きます。
 あるときリーダーのジョン・レノンから電話がかかってきました。「次のアルバムのジャケット、クラウスに頼みたいんだけど」
 驚愕とプレッシャーのなか、クラウスさんはドローイングとコラージュを組み合わせた、モノクロの大作を制作します。
 もうお分かりですね。未だビートルズの最高傑作と称する人多い『リボルバー』です。同作の内容は世界中に衝撃を与えましたが、クラウスさんもそこでグラミー賞のアルバムジャケット部門を受賞しています。LPレコードのジャケットがポップアート最大の舞台だった時代の話であり、この受賞により彼はヴォーグ誌などの仕事を手にします。この上ない成功です。
「よく模写したものです」とは北見隆画伯の弁。横尾忠則さんも大ファンだったと聞きます。
 この画家としてのクラウスさんが、現在も最も有名かと思います。

 ところがそれだけではない!
 いつぞや記したことがありますが、彼はギターやベースが得意で、ハンブルグ時代のビートルズにもしばしば客演していました。ビートルズと離れてからは自らバンドを結成しデビューを果たしています。のちにマンフレッド・マン(好きだー)にも加入します。
 ビートルズ内がごたつき、プラスティック・オノ・バンドを結成したレノンは、当然のようにクラウスさんをベーシストとして指名します。ドラムはアラン・ホワイト(のちにイエス)、そしてリードギターはエリック・クラプトン!!! 伝説のトロント・コンサートのメンバーです。
 レコーディングにも繰り返し参加しました。〈インスタント・カーマ〉!!!!も、名盤『ジョンの魂』『心の壁、愛の橋』のベースもクラウスさん。〈真夜中を突っ走れ〉!!!!!
 そして、どんなに音楽に無知な人でも知っているであろう〈イマジン〉のベースさえも。
 上の数行だけでも孫子の代までの語りぐさですが、じつはビートルズ中、クラウスさんが最も仲がよかったのは、ジョージ・ハリスン。
 もちろん彼もクラウスさんを自分のバンドに招きます。伝説がインフレしはじめましたが、かの『オール・シングス・マスト・パス』にも、バングラデシュ難民救済コンサートにも、クラウスさんは参加しています。嗚呼〈マイ・スウィート・ロード〉!!!!!!
 ベーシストとしてのセンスも抜群で、十代の僕はまさに彼のようになりたくて、新聞配達をしてフェンダーのプレシジョンベースを手に入れました。これもう、誰かWikipediaに書いてください。僕はクラウス・フォアマンに憧れ、苦労して同じベースを買ったのです。『ブラバン』のあの場面はほぼ実話です。
 話を戻して、画家としても音楽家としても世界的に成功した、きわめて稀有な人物が「静かなる」クラウス・フォアマンなのです。

 このたびイラストを依頼するに至ったプロセスがまた偶然の連続で、じつは僕からのアクションではありません。
 誤解をおそれず簡便に記しますと、クラウスさんを日本に改めて紹介するよう、ご友人から頼まれたのです。
「クラウス・フォアマン」と聞いて五メートルくらい後ろにぶっ飛んだ次第ですが、五メートルは有数の記録だったようです。で、僕の仕事と相成りました。
 僕にできる最大限のことを考えました。さいわい幾つかの著作で装丁に高評を得ています。日本の印刷技術は最高峰ですし、書店も他国に比べて嘘みたいに多い。この巨大ギャラリーを利用しない手はない。
「図々しいかもしれないが」と、企画中の『ヒッキー』に……と打診しました。設定、ストーリィ、登場人物、小道具に至るまで、呈示できる材料はすべて呈示しました。
 今年七十五歳になられるクラウスさんのお返事は、こうでした。「Tsuharaのプロジェクト、面白そうだね。参加させてほしい」

 すなわち『ヒッキー』を飾っている画は、アリモノの流用ではなく、僕が創った(!!!!!!!)物語をふまえての描き下ろしなのです。
 未だ隠されている部分には主要なキャラクターやモチーフがこれでもかと描かれています。過去作のセルフ・パロディにならぬよう、でもクラウスさんらしさも横溢するよう、画風もこちらから細かく指定しました。彼が着想して下絵に描いてきたモチーフを、逆にストーリィに組み入れたりもしています。
 合作です。
「クラウス・フォアマンと仕事をしている」と真剣に意識すると一行も書けなくなってしまうので、敢えて今は、仕事仲間としか考えないようにしています。若き日の彼の写真を眺めては「ドイツの若いアーティスト」と思うように。
 実際、送られてきた絵の若々しさには驚嘆しました。二、三十代の「天才出現!」とでも付記したら、世界中が騙されることでしょう。最大の嬉しい誤算は、彼が未だに進化し続けていたことでした。

 クラウスさんのリーダーアルバムは、七十歳のときの一枚のみ。
 彼はベーシストに徹しており、あとは「年輩ライヴエイドですか」というほどの豪華な友人たちが、歌ったり弾いたり叩いたりしています。名前を挙げていくと本当に枚挙に遑がないので、各々調べてみてください。録音風景を取材したテレビ番組も、YouTubeで見られます。
 アルバムタイトルは『A Sideman's Journey』。僕の人生に於いては、紛れもないフロントマンですが。

 自分の人生がクラウスさんと繋がるだなんてね、思ってもみなかったよ、新聞配達していた十五歳の僕は。
 

これが全て

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 8月31日(土)08時08分19秒
  「はだしのゲン」は二種類の政治屋たちによって誤解されてきた不幸な傑作だ。二種類の政治屋とは、「はだしのゲン」は反戦反核を訴えた良いマンガだと主張する政治屋と、反戦反核を訴えた悪いマンガだと主張する政治屋である。(呉智英)  

少国民たちの戦争

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 8月28日(水)20時26分7秒
編集済
  http://blogos.com/article/68923/

 オマエラ自虐史観さんたちやナントナク右翼さんたち(新聞含む)のあまりの勢いに、あたかも孤軍奮闘しているかのような錯覚をおぼえかけていたが、『少国民たちの戦争』著者・志村建世は、同質の生々しい記憶を披露してくださっていた。ほっとした。
 こちらが史実である、と明言しにくい状況が出来上がっていることが情けない。瀬戸内寂聴でさえ、まるで戦争前夜だと云う。
 いつか母校に行って、生首の山の写真を探そうと思う。

 それにしても閉架派の「この残虐シーンを新聞に載せられるのか」という挑発に対して、載せて応じた朝日は、ここばかりは偉い(笑)
 ちなみに大阪の風俗好きな君が代チェック市長は、「(新聞による)教委の独自性否定」だと閉架撤回を批判。この人は本当に意味が分からない。法廷での揚げ足取りを政治に応用しているつもりなのだろうが、こういうデキない弁護士っているよな……という。
 麻生太郎は「もっとほかにも読むのを禁止した方がいい成人向け漫画とか、よっぽどある」とコメント。ただの面白い人と化している感があるが、ともあれこの人に質問をぶつけた記者は偉い。「あの時代はそういうものが多かった」という大らかな述懐に血筋を感じた。
 

捏造と代理戦争

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 8月28日(水)13時02分35秒
編集済
  >米国の原爆投下は日本が戦争を起こしたことの報いだとする「原爆容認論」が、子供たちの心にすり込まれる恐れもある。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130828/edc13082803480001-n1.htm

 また産経新聞。閉架措置を賛美した挙句、その撤回を受けての悔し紛れのコラム。
 上に引用した文章だけで、『はだしのゲン』への言及だと気付く人がいるだろうか? 改めて問いたい。本当に読んでいるのか?

>「はだしのゲン」は従来、一部地域で特定の政治的主張を持つ教師集団の「平和学習」に使われてきた。

 捏造としても程度が低い。
 であれば同地域はまず広島で、僕の妹弟はその教育を受け、僕と同窓で教師になった者に当事者がいてもおかしくない訳だが、見たことも聞いたこともない。そもそも生徒全員に漫画十巻を読ませるって、どうやるんだ? 生徒全員に買わせるのか? それとも図書室の1セットを何箇月、何年もかけて回し読みさせるのか? 馬鹿をぬかすにも程がある。
 元来リベラル、云いたい放題の土地柄である。だからこそ当初は怪奇もの扱いされていた『ゲン』を、別の形で許容できたとも云える。
 何某かの団体から『ゲン』を推奨されたことなどない。ただし読むことへの制限もなかった。重要なのはここではないか?

 一時「広島」での、日の丸掲揚と「君が代」斉唱を強要する教育委員会と、反対する教員の板挟みとなった校長の自殺が話題となったりしたが、それは「ゆとり教育」以後の話。そして広島県とは云っても山間部の世羅郡。地図で確認していただきたい。広島市よりも岡山県に近い。次の自殺騒動は尾道。こちらも被爆地との距離感は世羅郡と同等である。こういう報道は誤解が生じかねないな、と当時感じた。
 閉架騒動も隣県の松江。クレーマーは四国在住。ヒロシマと『ゲン』が、なんらかの代理戦争の舞台に選ばれてしまったとしか、評価のしようがない。

 きっと産経新聞は今後も、ヒロシマと『ゲン』にまつわる捏造を続けるのだろう。迷惑千万。
 思い出すこと。東京で物書きになったあと驚いたのは、出版に関わっている人々の多くが、被爆者が国からの手厚い保護を受けていると信じていたことだ。母は被爆者健康手帳によって支払いようがない高額医療の負担を免除されていたが、実質的には実験枠であって死後の解剖などの義務も伴う。羨ましいですか?
 もっとも遺族が強く拒否すれば免除される。僕がどう判断したかは、ここには書かない。
 ほかには何もなかった。風邪をひいたからといって被爆者手帳を呈示する人など見たこともない。非被爆者からの嫉妬や差別が怖いからだ。
 被爆者宿願であった援護法の制定は、なんと1994年。正直「殆ど死んどるわ」と思った。しかも広島市長崎市の負担が国庫に移っただけで、なにが変わったわけでもなかった。
 

自虐史観と愛国心

 投稿者:津原泰水  投稿日:2013年 8月27日(火)12時24分12秒
   ツイッターでしきりに流れている、少年ジャンプ掲載部分である前半は最初から閉架になっていなかった、はデマです。鼬の最後っ屁というやつでしょうか。
 僕は早い時点で松江市教育委員会に問い合わせ、「作品を部分的に隠すという判断はあり得なかった」との回答を得ています。全巻の閉架指導が行われていました。
 教育委員会と市議会の殆どが、「恥ずかしながら、今回の一市民(なぜか高知の人)によるクレームまで、全巻を読んでいなかった」とも伺いました。議会に取り上げられたのは,単なるルーティンであるとのこと。
 一議員(こっちも一人)によって問題視された部分が、ウェブで流れている日本軍による残虐行為(のイメージ図)だというのは、本当です。
「人が首を切り落とされている」場面と「女性に暴行を加えている」場面、とのことでした。重ねて記しますが、ゲンの科白を補うためのイメージ図です。
 ただ、嘘八百が描かれているとする論には、僕は異議をとなえます。以前も記したとおり、僕は類する写真を見たことがあります。

 いま自分が漫画作品に関わっていなければ、これほどアクティヴに動くことはなかったと思います。

 さて自虐史観やら愛国心という言葉が、僕にはさっぱり理解できません。郷土愛なら多少は分かります。
 とまれ「自分の先祖はまったく間違ったことをしなかった」と云える人は皆無のはずで(云ったら電波だ)、では「けっこう悪かった」を、「まあまあ悪かった」や「ときどき悪かった」に云い換えるのがせいぜいのはずです。そしてそれによって支えられるプライドなんてのは、ちっぽけなものです。
「あんたの先祖にこんなことされた」と絶対の証拠を突き付けられたなら、言葉なり金銭なりの謝罪を思慮し、自分は致しませんと誓うのが大人の態度であって、現実の外交はこのレヴェルで慎重に進んでいます。政治、とりわけ外交は、決め事の押し付け合いでは成り立たないというのが現代の政治学の常識であり、そこに必要とされるのはスキル(手腕)とペイシェンス(辛抱)です。手腕という意味でのアートという言葉を使ったりもします。
 欧米人とのメールのやり取りでは、なにせ外交的にまずいことになっている国の人が相手だったりもするわけで、すると挨拶のように「リーダーたちのペイシェンスに期待する」という文言が交わされます。そうして相手が知的だと分かると、話がきわめてスムースに進みます。
 こういったコミュニケーションに対する茶々入れが、自虐史観だの愛国心だのという曖昧な概念だと僕は思っています。

「私は劣等国民だから何をやっても駄目なんだ。馬鹿馬鹿馬鹿」と自虐している日本人を、僕は見たことがありません。あ、でも櫻井よしこはそうかもしれない。話が変な方向に行きそうですね。戻します。
 べつだん自虐してもいない日本人に「貴方たちは自虐している」と指摘して、「その呪いを解いてあげましょう」と云うのは、悪徳商法と変わりがありません。「ちょっと貴方、悪い物が憑いてますよ」という訳です。「貴方は本当はもっと幸せになれるのよ」という訳です。「さあ浄財を」が洩れなく付いてきますが。
 断言しますが、「自分の先祖はときどきしか悪くなかった」という意識によって訪れる幸せなんて、ありません。だってそれは貴方の話じゃないのだから。

 愛国心については、僕はそもそも国家なるユニットに帰属しているという意識がたいへん薄いので、前段階で躓いています。
 ロックを演っている人には「心はイギリス人」「アイルランド人」「アメリカ南部出身」といった人が、たいへん多いのではないかと推定されます。まあ、そんなもんです。亡き杉浦日向子さんは「憧れの地は江戸。ほかには興味がない」と記されています。これも素敵だ。
「Where are you from ?」と問われると、僕は「広島」と答えます。そこに生まれてしまったんだから、ここは仕方がない。広島は日本という何らかに帰属していますから、その一員としての義務は果たします。あとは自由です。
 自由は必ず対価を伴います。あるときは貧困、あるときは孤独。
 さて、愛国心なる概念のばらまき(というか当たり散らし)は自由への対価たりうるか? 考えるべきはこの辺じゃないかという気がします。
 

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